スシローはなぜ「京樽」を37億円で売却するのか?

~5年前に買収した寿司ブランドを、SRSホールディングスへ譲渡した理由を数字で分析~

2026年8月、外食業界で興味深いM&Aが発表されました。

「スシロー」を運営するFOOD & LIFE COMPANIES(以下、F&LC)が、傘下の京樽を「和食さと」などを展開するSRSホールディングスへ譲渡することを決定したのです。

譲渡予定日は2026年9月1日。

譲渡価格は、

37億4,500万円。

一見すると、それほど大きなM&Aには見えません。

しかし、この案件には非常に興味深い数字が隠されています。

なぜなら、F&LCは2021年に京樽を買収してから約5年間、京樽の再生に取り組んできたからです。

しかも現在の京樽事業は、赤字から黒字へと改善しています。

それにもかかわらず、F&LCは京樽を手放すことにしました。

これは「京樽の再生に失敗したから」なのでしょうか。

それとも、

「京樽を売ることで、スシローの企業価値をさらに高める」

という、より戦略的なM&Aなのでしょうか。

今回は、公開されている数字を使って、このM&Aを分析してみます。


1.今回のM&Aの概要

今回の取引は、F&LCが100%子会社である京樽の全株式をSRSホールディングスへ譲渡するものです。

SRSホールディングスは「和食さと」「にぎり長次郎」「家族亭」などを展開する外食企業です。

SRSは今回の買収について、京樽だけではなく、京樽が運営する「回転寿司みさき」なども含め、グルメ寿司事業の強化と首都圏での店舗網拡大を狙っています。

さらに、京樽が保有する製造工場を「和食さと」などSRSグループの和食事業にも活用する構想を示しています。

今回のM&A

項目内容
売り手FOOD & LIFE COMPANIES
買い手SRSホールディングス
対象会社京樽
譲渡価格37億4,500万円
譲渡予定日2026年9月1日
取得株式京樽の全株式
事業京樽、回転寿司みさき等
スキーム株式譲渡

SRSは2026年8月7日に株式譲渡契約を締結しています。


2.まず驚くのは「5年前に買った会社」だということ

F&LCが京樽を買収したのは2021年4月です。

当時の売り手は吉野家ホールディングス。

京樽は「京樽」「海鮮三崎港」「すし三崎丸」などを展開しており、2021年当時の国内店舗数は約290店舗でした。

2020年2月期の京樽の売上高は、

約285億円

経常利益は、

約1.7億円

でした。取得価格は非公表です。

F&LCにとっては、

「回転寿司のスシロー」

に加えて、

「テイクアウト寿司の京樽」

を取り込むことで、寿司市場における事業領域を広げる狙いがありました。


3.当時のスシローは絶好調だった

京樽を買収した2021年前後、スシローは非常に好調でした。

2020年9月期のスシローグループは、

売上高:約2,049億円

営業利益:約120億円

という規模でした。

一方、京樽は2020年2月期に売上高約285億円。

単純比較すると、京樽の売上規模は当時のスシローグループの約14%でした。

つまり、

「好調なスシローが、テイクアウト寿司の老舗・京樽を買収する」

という構図だったわけです。


4.ところが5年後、スシローはさらに巨大になった

ここが今回のM&Aを理解する上で最も重要です。

2025年9月期、F&LCの連結売上収益は、

4,295.7億円

まで拡大しました。

2024年9月期は3,611.3億円だったため、1年間で約684億円、率にして約19%増加しています。

営業利益も、

2024年9月期:233.8億円

2025年9月期:360.9億円

と、約127億円増加しました。

F&LCの業績推移

2024年9月期2025年9月期増減
売上収益3,611億円4,296億円+18.9%
営業利益234億円361億円+54.4%
当期利益154億円246億円+59.3%

さらに2026年9月期上期も、

売上収益2,542億円

営業利益281億円

と、前年同期比でそれぞれ24.7%、43.7%増加しています。

つまり、F&LCは今や「スシローを中心とした巨大グローバル寿司企業」へと変貌しています。


5.一方、京樽はどうなったのか?

ここが非常に面白いところです。

京樽事業の数字を見ると、実は「完全な失敗」ではありません。

2025年9月期の京樽事業は、

売上収益:約235.3億円

セグメント利益:約7.6億円

でした。

一方、2026年9月期上期では、

売上収益:111.9億円

営業利益:3.92億円

となっています。

前年同期と比較すると、

売上収益は

120.3億円 → 111.9億円

で、

▲7.0%

です。

しかし営業利益は、

4.07億円 → 3.92億円

と、比較的高い水準を維持しています。

つまり、

「京樽が大赤字だから売った」

という単純な話ではありません。

むしろ、一定の収益性を確保できるところまで再生した上で、売却したと見ることができます。


6.それでも37.45億円という価格はどう見るべきか?

ここからがM&Aとして非常に興味深いところです。

2026年9月1日の譲渡価格は、

37億4,500万円

です。

一方、2026年3月期上期の京樽事業の営業利益は3.92億円。

単純に年換算すると、

約7.84億円

です。

これを譲渡価格37.45億円で割ると、

約4.8倍

となります。

つまり、単純な年換算営業利益ベースでは、

譲渡価格 ÷ 年換算営業利益 ≒ 4.8倍

となります。

もちろん、これは正式なEV/EBITDA倍率ではありません。

京樽には有利子負債、運転資本、設備、税金、減価償却などがあり、今回の株式価値と企業価値は区別する必要があります。

したがって、「PER4.8倍」「EV/EBITDA4.8倍」と断定することはできません。

しかし、

「営業利益の何年分で譲渡されたのか」

という目安としては、非常に興味深い数字です。


7.ところが、さらに重要な数字がある

今回の案件には、もう一つ大きな数字があります。

それが、

64億8,000万円

です。

F&LCは京樽の譲渡に先立って、京樽に対して第三者割当増資を行います。

F&LCが新株1株を引き受け、

64億8,000万円を出資する予定

です。

この資金は、

  • 京樽の債務超過の解消
  • F&LCからの借入金の返済
  • 財務基盤の安定化

に充てられます。

つまり今回のM&Aは、

「37億円で会社を売って終わり」

ではありません。

その前に、

64.8億円を使って京樽の財務体質を整理する

というプロセスが入っています。


8.「37億円で売った」の裏側を数字で見る

今回の取引を単純化すると、

① F&LCが京樽に64.8億円を追加出資

② その資金で債務超過を解消

③ F&LCからの借入金を返済

④ 京樽の株式をSRSへ譲渡

⑤ 株式譲渡価格は37.45億円

という流れです。

ここで注意したいのは、

64.8億円+37.45億円=102.25億円の「売却損」

という意味ではないことです。

64.8億円は京樽の財務整理と借入金返済を目的とした資金であり、単純な買収対価とは性質が異なります。

しかし、この数字を見ると、

F&LCが京樽を売却するために、かなり大きな財務整理を行った

ことは分かります。


9.では、なぜそこまでして売るのか?

最大の理由は、

「選択と集中」

だと考えられます。

F&LCの2026年9月期上期を見ると、

国内スシロー事業の売上収益は、

1,445億円

営業利益は、

166億円

です。

海外スシロー事業は、

売上940.7億円

営業利益

127.6億円

です。

これに対して京樽事業は、

売上

111.9億円

営業利益

3.92億円

です。

数字を並べると、かなり明確です。

2026年9月期上期国内スシロー海外スシロー京樽
売上収益1,445億円941億円112億円
営業利益166億円128億円3.9億円
営業利益率11.5%13.6%3.5%

京樽事業の営業利益率は約3.5%。

国内スシローは約11.5%。

海外スシローは約13.6%です。

つまり、

同じ「寿司」でも、収益性には大きな差があります。

F&LCから見ると、

「京樽に経営資源を投入するより、スシローの国内外出店に資本を振り向けた方が、より高いリターンを得られるのではないか」

という判断があっても不思議ではありません。


10.「売上」ではなく「利益」で見ると、もっと差が大きい

京樽事業は2026年9月期上期に約112億円の売上を上げています。

しかし営業利益は約3.9億円。

つまり、

売上100円あたり約3.5円

しか利益が残りません。

一方、国内スシローは、

売上約1,445億円に対して営業利益約166億円。

売上100円あたり約11.5円

です。

つまり、同じ100円の売上を増やすとしても、

京樽よりスシローの方が利益を生み出す力が大きい。

これが「経営資源の集中」を考える上で重要な数字になります。


11.店舗数でも考えてみる

2025年9月末時点で、F&LCグループには、

  • 国内スシロー:667店舗
  • 京樽:82店舗
  • 回転寿司みさき・三崎丸:87店舗
  • 海外スシロー:227店舗

など、合計1,198店舗がありました。

その後、京樽事業の店舗数は2026年3月末時点で189店舗まで整理されています。

ここには「京樽」だけでなく「回転寿司みさき」など京樽事業に含まれる店舗もあります。

つまり、F&LCが今回売却するのは、

単なる「京樽ブランド」だけではなく、首都圏の寿司・中食事業をまとめた事業基盤

と見るべきです。

これをSRSが買うことで、SRSにとっては一気に首都圏の寿司ネットワークを強化できます。


12.買い手SRSから見ると、37億円はどう見える?

今回のM&Aは、買い手側から見ると全く違った景色になります。

SRSホールディングスは2026年3月期に、

売上高764.2億円

営業利益30.5億円

を計上しています。

前期比では売上高13.3%増、営業利益13.9%増です。

さらにSRSは2030年3月期に、

売上高1,150億円以上

経常利益60億円以上

店舗数1,100店舗以上

を目標としています。

現在のSRSグループは780店舗。

これを1,100店舗以上にするには、

320店舗以上の上積み

が必要です。

そこで今回、京樽・回転寿司みさきなどを一括取得する。

これはSRSの成長戦略と非常に相性が良いのです。


13.SRSにとって「京樽」は安く買える?

ここもポイントです。

SRSの2026年3月期営業利益は30.5億円。

今回の京樽の譲渡価格は37.45億円。

つまり、

SRSの年間営業利益の約1.23倍

に相当する価格です。

もちろん会社規模も事業内容も違うため、この数字だけで「安い」と判断することはできません。

しかし、SRSにとっては、

自社の年間営業利益を少し上回る程度の金額で、首都圏の寿司・中食プラットフォームを取得する

という見方ができます。

さらにSRSには、

  • 共同購買
  • 商品開発
  • 寿司職人育成
  • 店舗開発
  • 製造工場の活用

などのシナジーがあります。

SRSにとっては単純な「売上の買収」ではなく、

「自社の寿司事業を一気に拡大するためのプラットフォーム買収」

と考えられます。


14.今回のM&Aで一番面白いのは「売り手と買い手で価値が違う」こと

今回の案件は、M&Aの本質を非常に分かりやすく示しています。

F&LCにとって京樽は、

「売上112億円、営業利益4億円弱の事業」

です。

一方、SRSにとっては、

「首都圏の寿司店舗網+京樽ブランド+製造工場+テイクアウト事業」

です。

同じ会社でも、買い手が変われば価値が変わります。

これがM&Aの面白さです。


15.5年前と現在を比較すると、さらに面白い

2021年、F&LCは京樽を買収しました。

当時の京樽は約290店舗、2020年2月期売上高約285億円でした。

そして2026年。

F&LCのグループ全体は、

売上4,296億円

営業利益361億円

という巨大企業になっています。

つまり、F&LC自身が大きく成長した結果、

「5年前には戦略的だった京樽買収の意味が、現在では変わった」

可能性があります。

これはM&Aの重要な教訓です。


16.M&Aは「買ったら永遠に持つ」必要はない

企業買収には、

「買収した会社を成長させ続けなければならない」

というイメージがあります。

しかし、実際にはそうではありません。

経営環境が変われば、

「売却した方が企業価値を高められる」

という判断もあります。

今回のF&LCの場合、

「スシロー」という非常に高収益なブランドに経営資源を集中する。

一方で京樽については、首都圏の寿司・中食事業を強化したいSRSに託す。

これは、

「京樽を手放す」

というより、

「京樽にとって、より相性の良いオーナーへバトンタッチする」

と見ることもできます。


17.今回のM&Aを数字でまとめると

今回の案件を数字だけで整理すると、非常に興味深い構図が見えてきます。

F&LC

売上収益:4,296億円

営業利益:361億円

京樽

2026年9月期上期売上:112億円

上期営業利益:3.9億円

譲渡価格

37.45億円

譲渡前の財務整理

64.8億円を追加出資

SRS

売上高:764億円

営業利益:30.5億円

2030年目標:売上1,150億円以上

2030年目標:1,100店舗以上

この数字を並べると、

「スシローにとっては選択と集中」

「SRSにとっては成長投資」

という、売り手と買い手双方の狙いが見えてきます。


まとめ――「京樽を売った」のではなく、「京樽の次の成長先を選んだ」

今回のM&Aは、単純な「スシローが京樽を売却した」というニュースではありません。

2021年、

スシロー → 京樽を買収

2026年、

スシロー → 京樽をSRSへ譲渡

という、5年間のM&Aサイクルが完結しました。

しかも、その間にF&LCは、

売上約4,296億円、営業利益約361億円

という巨大企業へ成長しています。

一方、京樽は赤字事業から一定の黒字を確保できる事業へと改善されました。

そして今回、京樽は「和食さと」を展開するSRSの傘下へ移ります。

SRSには、

「グルメ寿司No.1」

という明確な戦略があります。

京樽、回転寿司みさき、製造工場をその戦略の中に組み込むことで、さらに企業価値を高めようとしています。

M&Aとは、

「会社を買うこと」ではありません。

本当のM&Aとは、

「その会社を、誰が持つと最も価値が高まるのか」

を考えることなのかもしれません。

今回の京樽売却は、そのことを非常に分かりやすく示したM&A事例と言えるでしょう。

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