M&Aの概要:契約から完全子会社化、そして解約までのタイムライン
オンラインゲーム開発を手がけるサイバーステップホールディングス株式会社(東証スタンダード、証券コード:3810、代表取締役社長:湯浅慎司氏)は、コールセンター事業を展開する株式会社3rd(本社:東京都港区、代表取締役社長:五十嵐篤志氏)を完全子会社化していたが、わずか半年後にその株式譲渡契約を合意解約し、全株式を旧オーナーである五十嵐氏に返還していたことが明らかになった。
一連の経緯を時系列で整理すると、以下のようになる。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2025年10月3日 | 株式譲渡に関する基本合意書を締結 |
| 2025年10月20日 | 取締役会決議・株式譲渡契約締結(取得価額12億5,000万円) |
| 2026年1月14日 | 株式取得を実行し、3rdを完全子会社化 |
| 2026年2月〜3月頃 | 独立系の外部専門家も交え、3rdの事業計画の再検証を実施 |
| 2026年7月14日 | 株式譲渡契約の合意解約、子会社異動を発表 |
| 2026年7月27日 | 取得価額12億5,000万円の全額返還が完了、株式を五十嵐氏に返還 |
| 2026年8月12日 | 合意解約に至った詳細な経緯を開示 |
もともとサイバーステップは、2025年10月3日の基本合意を経て同月20日に株式譲渡契約を締結し、アリア株式会社(介護事業)と株式会社3rdの2社を同時に完全子会社化する計画を進めていた。3rdについては、当初2025年11月に譲渡実行を予定していたが、クロージングに向けた準備の過程で対象会社の月次業績に当初計画とのマイナス乖離が確認され、監査法人からも譲渡価額の妥当性について指摘を受けたことから、譲渡価額を事後的に減額できる覚書や、売主に譲渡価額相当額の保全義務を課す覚書を締結した上で、2026年1月14日に株式取得を実行する形となった。
買収対象:株式会社3rdとはどんな会社か
- 所在地:東京都港区西麻布二丁目25番19号 Barbizon28-6F(2025年10月時点)
- 代表者:代表取締役社長 五十嵐篤志
- 事業内容:コンタクトセンター及びコンタクトセンターシステムに関する業務
- 資本金:990万円
- 設立:2024年4月11日
- 株主構成(異動前):五十嵐篤志氏が100%保有
業績(2025年3月期)
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 売上高 | 3億1,200万円 |
| 営業利益 | 1,500万円 |
| 経常利益 | 1,400万円 |
| 当期純利益 | 1,000万円 |
| 純資産 | 2,000万円 |
| 総資産 | 3,400万円 |
株式譲渡契約締結時(2025年10月)に開示された財務デューデリジェンスでは、通信業界大手との営業委託契約やBPO案件の受託見込み、既存取引条件の改善などが評価され、将来的な収益拡大が見込まれるとして12億5,000万円という取得価額が算定されていた。
なお、株式取得の相手先(売主)として開示資料に記載されているのは五十嵐篤志氏個人であり、3rdの発行済株式9,900株(議決権9,900個)の全てを、サイバーステップが取得前は所有していなかった状態から100%取得する形の取引だった。
買収側:サイバーステップホールディングスとはどんな会社か
サイバーステップは2000年創業、2006年に東証マザーズ(現グロース)に上場したオンラインゲーム開発会社。2025年12月には持株会社体制へ移行し、現在のサイバーステップホールディングス体制となった。オンラインゲーム事業を軸としながら、エンタテインメント・フィンテック・環境・循環型ビジネス・セールスなど多様な領域への事業拡大を積極的に進めており、直近でも配信アプリ・字幕生成AI開発のNAXA、インターネット広告のTRUXiAなど、複数のM&Aを継続的に実施している。
なぜ買収したのか:当初の狙い
サイバーステップが3rdを完全子会社化した目的は、顧客基盤の拡充とマーケティングチャネルの多角化にあった。3rdが持つテレマーケティング関連のノウハウと、サイバーステップがオンラインゲーム開発で培ってきた双方向コミュニケーション設計・データ分析技術を融合させ、次世代型の営業・カスタマーサポート体制を構築し、既存事業とのシナジーを創出することを企図していたという。
なぜ解約したのか:AIの急速な普及が引き金に
今回最大の注目点は、完全子会社化からわずか半年での「白紙撤回」に至った理由だろう。サイバーステップが2026年8月12日付で開示した詳細説明によれば、経緯は次のように整理できる。
- 月次業績の乖離:株式取得実行後、3rdの月次業績が当初の事業計画から下振れしていることが判明。特に売上成長率とKPIの連動性、人員計画の実現可能性・人件費上昇の影響、売上原価率や販管費水準の妥当性について、保守的な見直しの必要性が浮上した。
- AIコールセンターの急速な普及:AI技術・AIコールセンター関連サービスが当初の想定を大きく上回るスピードで普及し、人的リソースに依存する従来型のコールセンター事業を取り巻く競争環境が急変。AI関連サービスとの差別化や価格設定、収益化の前提そのものを抜本的に見直す必要が生じた。
- 譲渡価額減額から契約解消へ:当初は覚書に基づき譲渡価額を減額する方向で交渉が進められていたが、3rdの事業モデル自体の再構築に時間を要すると判断されたため、減額交渉よりも契約を合意解約し譲渡価額全額の返還を受ける方が、会計処理・財務リスク回避の観点から適切と判断された。
さらに今回の開示では、サイバーステップのガバナンス上の問題点にも触れられている。譲渡価額を減額できる覚書や保全義務を課す覚書について、締結当初は「重大な影響を与えるものではない」として適時開示を行っていなかったが、外部専門家(みなとみらい総合法律事務所)から、これらは投資者の判断に影響を与えうる重要な契約条件変更であり、本来は締結時点で開示すべきだったとの指摘を受けたという。同社は今後、契約変更時の弁護士確認の義務化や複数部門でのダブルチェック体制の構築など、開示プロセスの厳格化を進めるとしている。
気になる「全額返還」の行方:結論から言うと、すでに完済済み
今回の一連の出来事の中で最も気になるのは、「取得価額12億5,000万円は本当に満額返ってくるのか」という点だろう。この点について、サイバーステップの開示資料は明確な答えを示している。
2026年7月27日までに、五十嵐氏から取得価額12億5,000万円の全額返還を受け、同日付けでサイバーステップが保有していた3rd株式の全部を五十嵐氏に返還した、というのが結論だ。つまり、契約解約が発表された2026年7月14日の時点では返還時期が不透明だったものの、そこからわずか2週間ほどで全額の返還が実際に完了している。
会計処理の面でも興味深い後日談がある。サイバーステップは2026年5月期の本決算発表時点では、返還の確証を得るだけの時間的余裕がなかったことから、取得価額相当額の1,250百万円を一旦「貸倒引当金」として計上していた。しかしその後、7月27日までに全額の返還を受けたことが確定したため、2026年7月31日付で決算短信の数値データを訂正し、貸倒引当金及びその繰入額を修正している。買収から解約、そして全額返還の完了までを通じて、財務諸表が二度手直しされる異例の展開となった。
五十嵐篤志氏について:公開情報から分かること
売主であり3rdの旧代表取締役社長である五十嵐篤志氏について、公開情報から確認できる事実は限定的だ。
- サイバーステップの適時開示資料上では、3rdの「代表取締役社長」および「売主」として一貫して「五十嵐篤志」の氏名で記載されている
- 3rdが運営する近隣トラブル解決支援サービス「トラブルガード」(troubleguard.jp)のWebサイトには、著作権者として「株式会社3rd」の記載がある
- 3rdの本店所在地は、株式譲渡契約締結時点(2025年10月)で東京都港区西麻布、資本金990万円、2024年4月11日設立という比較的新しい会社であったことが開示資料から分かる
一方で、Web検索を行うと、現在「3rd-inc.co.jp」というドメインで運営されている「株式会社3rd」(コールセンター・カスタマーサポート事業を標榜)の代表者は「鈴木亜李斗」氏と表示されており、五十嵐篤志氏の名前は見当たらない。所在地も東京都杉並区和泉となっており、サイバーステップへの株式譲渡契約締結時(2025年10月)に開示されていた東京都港区西麻布の住所とは異なる。同一の法人が代表者交代・移転を行った可能性、あるいは同名の別法人が存在する可能性のいずれも考えられるが、本記事の調査範囲では両者の関係を確定することはできなかった。この点については、今後の商業登記情報等での確認が望ましい。
「五十嵐篤志」氏と「五十嵐篤」氏は同一人物か
ご質問いただいた「五十嵐篤志氏」と「五十嵐篤氏」が同一人物かどうかについても調査したが、公開情報からは同一人物であると判断できる根拠は見つからなかった。
ご提示いただいた情報によれば、五十嵐篤氏は欧州資本日本法人の代表取締役社長を務める人物で、早稲田大学卒業後、日本企業・東南アジア(マレーシア)企業・米系資本日本法人を経て現職に至り、MBA(英)・実務教育学修士(社会構想大学院大学、2021年4月入学・2023年3月修了)・国家資格キャリアコンサルタント・国際コーチング連盟(ICF)ACCといった資格を有し、2023年10月からは慶應義塾大学大学院後期博士課程に在籍しているとのプロフィールが確認できる。
これに対し、3rdの五十嵐篤志氏について公開情報から確認できるのは、コンタクトセンター事業を営む3rdの創業者・代表取締役社長であったという事実のみであり、上記のような国際的なキャリアや学歴・資格に関する情報は、少なくとも本記事の調査範囲では見当たらなかった。
- 氏名の表記が「篤志」と「篤」で異なる(同一人物であれば、いずれかの資料で表記揺れが生じている可能性はあるが、それを裏付ける情報は確認できなかった)
- 経歴・活動領域(コールセンター経営 vs. 外資系企業役員・キャリアコンサルタント)が大きく異なる
- 両者を明確に結びつける一次情報(本人による言及や共通の経歴の記載等)は見当たらなかった
以上の点から、現時点の公開情報を前提とする限り、両者は別人である可能性が高いと考えられるが、断定はできない、というのが率直な調査結果である。より確実な同定を行うには、法人登記情報や本人による公式な発信など、追加の一次情報の確認が必要だろう。
まとめ
今回の一件は、契約締結からわずか9ヶ月、完全子会社化の実行からはわずか半年での「白紙撤回」という、M&Aの世界でも珍しい展開となった。特に、AIコールセンターの急速な普及という外部環境の変化が、伝統的な人的リソース依存型のコールセンター事業の評価を大きく揺るがした点は、労働集約型ビジネスのM&Aを検討する際の教訓として示唆に富む。
一方で、譲渡価額12億5,000万円が契約解約からわずか2週間程度で全額返還されたという事実は、買収側にとって最悪のシナリオ(返還不能・貸し倒れ)は回避できたことを意味する。とはいえ、株式取得・DD・契約締結・実行・再検証・解約・返還という一連のプロセスに費やされた時間とコスト、そして適時開示の遅れというガバナンス上の課題が浮き彫りになった点は、サイバーステップにとって重い教訓となったはずだ。
出所・参考記事
- サイバーステップホールディングス<3810>、コールセンター事業子会社の3rdを旧経営陣に返還-M&A Online(2026年7月14日)
- 子会社等の異動を伴う株式の取得に関する株式譲渡契約締結のお知らせ-サイバーステップ株式会社(2025年10月20日)
- 子会社の異動を伴う株式取得の完了に関するお知らせ-サイバーステップホールディングス株式会社(2026年1月14日)
- 株式会社3rdの株式取得に係る株式譲渡契約の合意解約に至った経緯に関するお知らせ-サイバーステップホールディングス株式会社(2026年8月12日)
- サイバーステップホールディングス、コールセンター事業子会社の3rdを旧経営陣に返還-コトラ M&A・M&A仲介の求人・転職エージェント
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