――田村書店の特別清算と「1円買収」が示す、書店再編のリアル

「本が売れないから、書店がなくなる」。

これだけなら、特に珍しいニュースではありません。

しかし、2026年の書店業界で起きていることを詳しく見ると、単純な「閉店」だけではありません。

経営が行き詰まった書店の店舗・従業員・顧客基盤を、別の会社がM&Aや事業譲渡によって引き継ぐ。

そして、旧会社は清算する。

一方では、赤字企業の事業を「1円」で引き受けるM&Aまで登場しています。

これは、書店業界においてM&Aの意味が大きく変わっていることを示しています。

今回取り上げるのは、大阪の老舗書店「田村書店」を運営していたTSHと、2026年に書店事業を「1円」で取得したトップカルチャーです。

結論から言えば、書店M&Aの本質は、

「儲かっている書店を買う」ことではなく、「地域から書店を消さないために、事業そのものを別会社へ移す」こと

に変わりつつあります。


1.1948年創業「田村書店」が特別清算

大阪府豊中市を中心に「田村書店」を展開してきたTSH(旧・田村書店)は、2026年8月4日、大阪地裁から特別清算開始決定を受けました。

1948年創業。

実に70年以上にわたり、北摂地域で書店を展開してきた老舗企業です。

東京商工リサーチによると、負債総額は2023年5月期時点で14億5,907万円。

そして、田村書店の売上高には、非常に大きな変化が起きていました。

指標2002年5月期2023年5月期
売上高45億7,902万円23億7,202万円
売上減少額―▲22億700万円
売上減少率―▲48.2%
営業利益非開示非開示
EBITDA非開示非開示
最終損益―▲6,356万円
負債総額―14億5,907万円

出所:東京商工リサーチ、産経新聞、M&A Online等。数値は各報道時点。

約21年間で、売上高は45.79億円から23.72億円へ半減しました。

減少額は約22.07億円。

減少率にすると、

▲48.2%

です。

しかも、売上高が半分になっただけではありません。

2023年5月期には、売上高23億7,202万円に対して6,356万円の赤字となっています。

単純に計算すると、

売上高営業利益率等ではなく、最終損益ベースの赤字率は約▲2.7%

です。

書店は売上高が大きく見えても、利益を残すことが難しいビジネスであることが分かります。


2.問題は「本が売れない」だけではない

田村書店の場合、出版市場の縮小に加えて、

  • 雑誌販売の減少
  • 不採算店舗の閉鎖
  • 人件費
  • 電気料金の上昇
  • キャッシュレス決済手数料
  • テナントコスト

などが収益を圧迫しました。

2015年5月期には不採算4店舗を閉鎖。

さらに早期退職などの経営改善策も実施しました。

それでも債務超過から脱することはできませんでした。

ここが重要です。

書店は、

「売上が減る → 店舗を閉鎖する → 売上がさらに減る」

という縮小均衡に陥りやすい。

一方、店舗を維持するためには、

  • 家賃
  • 人件費
  • 電気代
  • システム費
  • 決済手数料

などの固定的なコストが発生します。

つまり、

売上高が減ってもコストが同じ割合では減らない。

この構造が、書店経営を難しくしています。


3.日本の書店市場は、どこまで縮小したのか

ここで業界全体を見てみます。

帝国データバンクによる「全国『書店経営』動向調査(2025年度)」によれば、2025年度の全国の書店市場は、非書籍商品の拡大などにより1兆円台を維持する見通しです。

しかし、2015年度には約1兆4,000億円ありました。

つまり10年間で約2割縮小しています。

さらに厳しい数字があります。

2025年度の書店企業では、

  • 増収:13.8%
  • 前年度並み:58.9%
  • 減収:27.3%
  • 減益:31.0%
  • 赤字:38.7%
  • 「減益+赤字」:69.7%

となっています。

実に約4割の書店が赤字。

そして「減益または赤字」という意味では、約7割が業績悪化に該当します。

さらに、全国の書店数は2025年度末で9,993店。

ついに1万店を割り込みました。

2016年度以降、倒産・休廃業によって市場から退出した書店は累計610社に達しています。


4.それでも「田村書店」は消えなかった

ここが今回のM&Aで最も重要なポイントです。

2024年11月。

田村書店は、主要8店舗を大阪市中央区のオー・エンターテイメントへ事業譲渡しました。

オー・エンターテイメントは、東証プライム上場のオークワグループに属する企業です。

オー・エンターテイメント公式サイト

現在のオー・エンターテイメントは、

  • WAY事業部:36店舗
  • ジスト事業部:22店舗
  • 東進衛星予備校:15校
  • KIDS with:1店舗

などを展開しています。

2026年6月時点の店舗・校舎数は合計74拠点です。

また、2026年2月期の売上高は91億2,000万円。

従業員は社員99名、契約社員・パートナー・アルバイト302名(8時間換算)です。

つまり、田村書店から見ると、

「会社は残せなかったが、店舗事業は残した」

ということになります。

実際、田村書店の店舗側も2026年8月の報道後、

「当店を含む8店舗は2024年11月に事業譲渡を受け、運営会社を変えて営業を継続している」

と案内しています。

これはM&Aの非常に重要な役割です。


5.M&Aで「会社」を救うのではなく、「事業」を救う

田村書店のケースをM&Aの観点から整理すると、非常に興味深い構造になっています。

旧会社

TSH
↓
債務超過・赤字
↓
主要店舗を事業譲渡
↓
会社を解散
↓
特別清算

事業

田村書店の店舗
↓
オー・エンターテイメントへ
↓
店舗・顧客・ブランドなどを承継
↓
営業継続

つまり、

「会社」は清算されても、「事業」は生き残る。

これが事業譲渡型M&Aの重要なポイントです。

M&Aというと、

「会社を買収する」

というイメージがあります。

しかし、実務では、

「会社そのものではなく、価値のある事業だけを切り出して承継する」

という選択肢があります。

特に債務超過企業では、この方法が重要になります。


6.さらに衝撃的なのが「1円」での書店事業取得

田村書店だけを見ていると、「書店は縮小産業だからM&Aも守りの戦略」と思ってしまいます。

しかし、2026年にはさらに興味深い案件が発生しています。

2026年2月19日、トップカルチャーは、明文堂プランナーから書店運営事業などを取得すると発表しました。

対象となったのは、

書店9店舗+外商部

です。

内訳は、

  • 富山県:5店舗
  • 石川県:3店舗
  • 埼玉県:1店舗

となっています。

そして、この事業の直近業績は、

指標2025年5月期
売上高52億7,000万円
営業利益7,300万円
営業利益率約1.38%
EBITDA非開示
取得価額1円

です。

出所:M&A Online。

売上高52.7億円の事業を、取得価額1円。

これは非常にインパクトのある数字です。

ただし、「52.7億円の会社を1円で買った」と単純に理解するのは危険です。

今回のスキームは、明文堂プランナーを分割会社とし、新設会社の「明文堂」に書店事業を承継させ、その新設会社の株式をトップカルチャーが取得する方式です。

つまり、一般的な「企業価値52.7億円の会社を1円で買収」という話ではありません。

事業を存続させるための事業承継型M&A

と理解するべきでしょう。


7.「売上52.7億円・営業利益7,300万円」の意味

この案件で注目したいのは、売上高よりも利益率です。

売上高:

52億7,000万円

営業利益:

7,300万円

営業利益率:

約1.38%

です。

つまり、100円売って、営業利益として残るのは約1.38円。

これがリアルな書店ビジネスの厳しさです。

なお、EBITDAについては公開資料で確認できないため、ここでは推定値を掲載しません。

M&Aの企業価値評価ではEBITDAが重要ですが、書店のような低収益事業では、

「EBITDA倍率で高値を付ける」

というより、

「事業を残すことで将来のキャッシュフローを改善できるか」

が重要になります。

トップカルチャー自身も、明文堂プランナーから取得する事業について、自社の店舗運営ノウハウを活用して収益改善を目指すとしています。


8.なぜ「1円」で買うのか?

M&Aで「1円」と聞くと、

「そんなに価値がない会社なのか?」

と思うかもしれません。

しかし、必ずしもそうではありません。

事業には、

  • 店舗
  • 顧客
  • 商圏
  • 従業員
  • ブランド
  • 取引先
  • 地域での知名度
  • 出版社・取次との関係

など、決算書だけでは表現しにくい価値があります。

特に書店では、店舗をゼロから作るよりも、

「すでに地域に存在している店舗網を引き継ぐ」

ことに意味があります。

例えば、ある地域で10年間営業してきた書店を新規出店で再現しようとすれば、

  • 物件探し
  • 賃貸契約
  • 内装
  • 人員採用
  • 仕入れルート
  • 顧客獲得
  • ブランド構築

が必要になります。

M&Aなら、その一部を一気に引き継ぐことができます。

だからこそ、

「取得価格1円=事業価値ゼロ」

ではありません。


9.紀伊國屋書店も「書店を買っている」

この動きはトップカルチャーだけではありません。

書店業界最大手の一角である紀伊國屋書店も、積極的にM&Aを進めています。

2024年には旭屋書店と東京旭屋書店を買収。

さらに2025年には、京王電鉄傘下で「啓文堂書店」を展開する京王書籍販売を完全子会社化しました。

啓文堂書店は京王線を中心に20店舗を展開していました。

京王書籍販売の取得価格は非公表です。

紀伊國屋書店「京王書籍販売」完全子会社化の発表

これは田村書店とは少し違います。

田村書店の場合は、

「経営危機に陥った書店事業を承継する」

という色彩が強い。

一方、紀伊國屋書店の場合は、

「店舗網・顧客基盤・地域商圏をM&Aで拡大する」

という成長戦略です。

同じ書店M&Aでも、目的はまったく違います。


10.紀伊國屋書店がM&Aをする理由

出版市場が縮小しているのに、なぜ紀伊國屋書店は書店を買うのでしょうか。

ここにM&Aの面白さがあります。

書店市場全体が縮小していても、

「良い立地にある店舗」

の価値までゼロになるわけではありません。

紀伊國屋書店がM&Aによって店舗を取得すれば、

  • 既存の仕入れ能力
  • 出版社との関係
  • EC
  • 図書館事業
  • 教育関連事業
  • 書誌データ
  • ブランド

などを組み合わせることができます。

つまり、

単独では利益率1~2%しかない店舗でも、グループ全体のプラットフォームに乗せることで価値を高める

という考え方です。


11.書店M&Aを「3つのタイプ」に分類すると分かりやすい

ここまでの事例を整理すると、現在の書店M&Aには少なくとも3つのタイプがあります。

① 救済型M&A

代表例:

田村書店 → オー・エンターテイメント

目的:

  • 店舗存続
  • 雇用維持
  • 顧客基盤維持
  • 地域の書店維持

旧会社は清算しても、事業を残す。


② 事業承継・再生型M&A

代表例:

明文堂プランナー → トップカルチャー

売上高:

52.7億円

営業利益:

7,300万円

営業利益率:

約1.38%

取得価額:

1円

目的は、既存店舗網を活用しながら、買い手側の運営ノウハウで収益改善を目指すことです。


③ 成長型M&A

代表例:

京王書籍販売 → 紀伊國屋書店

店舗:

20店舗

取得価額:

非公表

目的:

  • 店舗網拡大
  • 商圏拡大
  • ブランド強化
  • 地域文化への貢献

という成長戦略です。


12.書店M&Aの本当の価値は「売上高」だけではない

ここが経営者にとって重要なポイントです。

書店をM&Aするとき、

「売上高はいくらですか?」

だけを見てはいけません。

むしろ、

① 1坪当たり売上高

店舗面積に対して、どれだけ売上を生んでいるか。

② 粗利益率

書籍販売だけでなく、

文具・雑貨・ホビー・カフェなどを含めて、どの程度粗利益を確保できるか。

③ 営業利益率

今回の明文堂プランナーの事業では、

約1.38%

でした。

ここを2%、3%へ改善できるかが重要です。

④ EBITDA

減価償却費などを除いた本業のキャッシュ創出力。

ただし、今回確認できた公開情報では明文堂プランナーの対象事業やTSHについて、比較可能なEBITDAは開示されていません。

したがって、無理に推計しないことが重要です。

⑤ 店舗の立地

これは決算書では分かりません。

駅前なのか。

ショッピングセンターなのか。

学校の近くなのか。

競合店はあるのか。


13.「本を売る」から「人を集める場所」へ

今後の書店M&Aで、さらに重要になるのが、

「書籍以外でどう利益を稼ぐか」

です。

帝国データバンクも、書店市場が1兆円台を維持している背景として、ホビーなど非書籍事業の拡大を挙げています。

また、日本出版販売の2024年度データでは、

販売ルート推定販売額
書店ルート7,371億円
インターネット2,737億円
電子出版物7,356億円

となっています。

書店ルートは前年比95.2%。

一方、電子出版物は前年比102.9%でした。

つまりリアル書店には、

「本を売るだけでは利益が出にくい」

という構造があります。

そこで、

  • 文具
  • 雑貨
  • ホビー
  • カフェ
  • イベント
  • 教育
  • コミュニティ
  • EC
  • 中古本
  • エンターテインメント

などを組み合わせる。

これが、これからの書店経営では重要になります。


14.M&Aは「縮小産業」でも成立する

一般的には、

「市場が縮小している業界ではM&Aは成立しにくい」

と考えがちです。

しかし、書店業界を見ると逆です。

市場が縮小しているからこそ、

「自社でゼロから出店するより、既存店舗を買った方が早い」

というメリットが生まれます。

例えば明文堂のケースでは、9店舗を新規出店するのではなく、既存の店舗網を一括して承継できます。

田村書店でも、オー・エンターテイメントが主要8店舗を引き継ぎました。

つまりM&Aには、

「縮小市場の中で、残存者がシェアを拡大する」

という側面があります。


15.今後、書店M&Aはさらに増えるのか?

私は、増える可能性が高いと考えます。

理由は3つあります。

理由① 書店数が1万店を割った

全国書店数は9,993店。

市場退出は2016年度以降610社。

経営者の高齢化や後継者問題まで考えれば、M&A候補は増えていくでしょう。

理由② 赤字企業が多い

2025年度、赤字書店は38.7%。

買い手にとっては、

「安く買って改善する」

というM&A機会が生まれます。

理由③ 「書店+α」のビジネスモデルが作れる

書店だけで利益を出すのではなく、

書店+文具+ホビー+教育+カフェ+EC

という複合型店舗にする。

このような事業モデルを持つ企業にとっては、既存書店の買収価値が高まります。


16.Exiter.jpの評価――書店M&Aは「撤退」ではなく「再生」の時代へ

今回の書店M&Aを、Exiter.jp独自の視点で評価してみます。

評価項目評価
M&Aの必要性95点
事業承継効果95点
地域社会への貢献95点
買収後の収益改善余地90点
シナジー85点
PMI難易度75点
市場成長性40点
M&Aとしての面白さ95点
総合評価88点

市場成長性だけを見ると、書店M&Aは決して魅力的な案件ではありません。

しかし、

「売上が伸びない市場だからこそ、M&Aによってコスト構造を変え、店舗網を再編し、利益率を改善する」

という視点で見ると、非常に面白い市場です。


17.最大のポイントは「買う側の力量」

結局、書店M&Aの成否は、

「何円で買ったか」

だけでは決まりません。

重要なのは、

「買った後に、どうやって利益を増やすか」

です。

例えば、売上高52.7億円、営業利益7,300万円の事業の場合、営業利益率は約1.38%。

これを仮に、

  • 営業利益率1.38% → 営業利益7,300万円
  • 2.0% → 約1億540万円
  • 3.0% → 約1億5,810万円
  • 4.0% → 約2億1,080万円

まで改善できれば、同じ売上高でも利益は大きく変わります。

つまり、M&Aの価値は、

「52.7億円売っている会社を買った」

ではなく、

「52.7億円の売上を生み出している店舗網を、どこまで高収益化できるか」

にあります。


18.まとめ――「本屋を買う」のではなく「地域の顧客基盤を買う」

田村書店の事例が示しているのは、非常に重要なことです。

会社は清算されました。

しかし、店舗は残りました。

顧客も残りました。

ブランドも残りました。

従業員も、事業を引き継ぐ会社によって一部が承継されました。

これは、

「会社を救うM&A」ではなく、「事業を救うM&A」

です。

一方、トップカルチャーによる明文堂プランナーの事業取得は、

売上高52億7,000万円、営業利益7,300万円の事業を取得価額1円で承継する

という、非常に象徴的な案件でした。

そして紀伊國屋書店は、旭屋書店や啓文堂書店などを買収し、縮小する市場の中で店舗網を拡大しています。

これらを合わせて考えると、書店業界では今、

「弱い会社が退場し、強い会社が店舗・顧客・商圏を引き継ぐ」

という再編が始まっていると考えられます。

M&Aは、成長企業だけのものではありません。

むしろ、

市場が縮小している業界ほど、M&Aによって「残すもの」と「捨てるもの」を分ける必要がある。

書店業界は、その典型例になりつつあります。

そして、これからの書店M&Aで問われるのは、

「いくらで買ったか」ではなく、「買った店舗をどうやって儲かる店舗に変えるか」。

ここに、今後の書店M&Aの勝敗がかかっています。


主な出所・参考URL

東京商工リサーチ/田村書店の倒産情報

田村書店の特別清算、負債14億5,907万円、2002年5月期の売上高45億7,902万円、2023年5月期の売上高23億7,202万円・赤字6,356万円などの情報は、東京商工リサーチ報道を基礎としています。

M&A Online/大阪の大手チェーンも倒産!出版不況を受けて進む書店のM&A

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書店市場、赤字企業38.7%、市場退出610社、全国書店数9,993店などのデータ。

帝国データバンク「全国『書店経営』動向調査(2025年度)」

オー・エンターテイメント

田村書店の主要8店舗を承継した企業。2026年2月期売上高91億2,000万円。

オー・エンターテイメント公式サイト

トップカルチャー/明文堂プランナー

9店舗+外商部、売上高52億7,000万円、営業利益7,300万円、取得価額1円。

M&A Online「トップカルチャー、明文堂プランナーから書店運営事業などを取得」

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2024年度の書店ルート7,371億円、インターネット2,737億円、電子出版7,356億円。

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