スマサポ、日用雑貨のトレードワンを7億8,600万円で子会社化 ―入居者アプリ「totono」を起点にD2C事業へ進出

ディール概要

東証グロース上場で不動産管理会社向けのDXソリューションを展開する株式会社スマサポ(証券コード9342)は、日用雑貨品の企画・製造・販売を手がける株式会社トレードワン(愛知県あま市)の発行済株式100%を取得し、子会社化することを決定した。取得価額は7億8,600万円、取得予定日は2026年9月7日。なお、トレードワンの100%子会社である株式会社ワカマツも、スマサポの連結孫会社として同時にグループ入りする。

項目内容
買収企業株式会社スマサポ(東証グロース:9342)
対象企業株式会社トレードワン(愛知県あま市)
取得株式比率100%(発行済株式全数)
取得価額7億8,600万円
取得予定日2026年9月7日
付随的な子会社化トレードワンの子会社・株式会社ワカマツも孫会社化

出典:日本M&Aセンター「スマサポが日用雑貨企画製造のトレードワンを子会社化へ」(https://www.nihon-ma.co.jp/news/20260807_9342-41/)、M&A Online「スマサポ<9342>、日用雑貨品企画・販売のトレードワンを子会社化」(https://maonline.jp/news/20260807e)

対象企業プロフィール:株式会社トレードワン

トレードワンは愛知県あま市に本社を置く企業で、日用雑貨品の企画・販売を主力事業とし、卸売を中心とした幅広い販売チャネルを有する。商品の企画開発から仕入・物流に至るサプライチェーンを自社で構築している点が特徴で、防災グッズや生活雑貨などをスマサポとの提携を通じてD2C(消費者直接取引)チャネルに展開していく計画の中核を担う。

財務数値(2026年2月期)

項目金額
売上高20億4,000万円
営業利益1億2,600万円
純資産4億400万円

売上高営業利益率は約6.2%。年商20億円規模の中堅日用雑貨企業であり、今回買収するスマサポ(2025年10-6月期累計売上高21億4,500万円)とほぼ同規模の売上高を持つ企業を取り込む格好となる。

出典:コトラ「スマサポ、日用雑貨品企画・販売のトレードワンを子会社化」(https://ma.kotora.jp/archives/ma-news/ma-news-5722)、M&A Online「スマサポ<9342>、日用雑貨品企画・販売のトレードワンを子会社化」(https://maonline.jp/news/20260807e)

バリュエーションの目安(単純計算)

  • 取得価額(7億8,600万円)/直近売上高(20億4,000万円):約0.39倍(PSR相当)
  • 取得価額(7億8,600万円)/純資産(4億400万円):約1.95倍(PBR相当)
  • 取得価額(7億8,600万円)/営業利益(1億2,600万円):約6.2倍(PER類似の簡易倍率)

営業利益倍率で見ると6倍程度と、中小企業のM&A(一般的に3〜10倍程度とされることが多い)としては標準的なレンジに収まる印象である。ただし、これは開示された財務数値からの単純計算であり、のれん・EBITDA等の詳細な算定根拠は非公表のため、実際のバリュエーション手法は不明である。

買収企業プロフィール:株式会社スマサポ

スマサポは2022年12月に東証グロース市場へ上場した企業で、管理会社と入居者間のコミュニケーションを最適化する入居者アプリ「totono」を中核サービスとする。賃貸物件の入居者向けにネット回線案内などを行う「スマサポサンキューコール」による紹介手数料が収益の柱の一つとなっている。

直近の業績動向(2026年9月期第3四半期累計、単独決算)

項目金額(前年同期比)
売上高21億4,500万円(▲2.1%)
営業利益1億2,400万円(▲36.4%)
経常利益1億2,500万円(▲35.9%)
税引き利益7,800万円(▲52.4%)

事業譲受に伴う費用やAI分野への研究開発投資など、成長に向けた先行投資を継続したことにより減益となっている。一方で、2026年9月期通期の会社予想は据え置かれており、売上高31億5,000万円(前期比+11.9%)、営業利益2億3,000万円(同+21.1%)、経常利益2億3,000万円(同+20.4%)を見込んでいる。

出典:日本経済新聞「スマサポの25年10月〜26年6月期、税引き利益52.4%減 通期予想据え置き」(https://www.nikkei.com/article/DGXZRST0511685W6A800C2000000/)

なお、スマサポは今回のトレードワン案件に先立ち、2026年7月にも岩谷産業・岩谷設備システムから「イワタニハウス」ブランドの戸建住宅向けアフターサービス関連業務を譲受・提携しており、賃貸領域から戸建領域への展開も進めている最中である。今回のトレードワン子会社化と合わせ、事業ポートフォリオの拡張を積極化させている局面にあるといえる。

出典:株予報Pro「スマサポ:岩谷産業から業務譲受&提携、賃貸から戸建て領域進出の意味合いは大きい」(https://kabuyoho.jp/reportTop?bcode=9342)

買収の狙い

両社の発表によれば、本件株式取得の目的は新たなD2C(Direct to Consumer)事業の展開にある。スマサポが「totono」を通じて保有する入居者との接点と、トレードワンが持つ製造・商品企画力および調達力を融合させる狙いだ。

具体的には、引越し直後の入居者が抱える購買ニーズに対し、「totono」を独自のD2Cチャネルとして活用し、防災グッズや生活利便性を高める日用雑貨等を直接提案する計画。加えて、アプリが保有する属性データや居住データを活用したパーソナライズ提案、アプリ内での限定販売などを通じて、入居者満足度の最大化を図るとしている。

出典:日本M&Aセンター「スマサポが日用雑貨企画製造のトレードワンを子会社化へ」(https://www.nihon-ma.co.jp/news/20260807_9342-41/)

今後の展望

スマサポにとって本件は、不動産管理会社向けのDXソリューション(BtoB)という従来の事業領域から一歩踏み出し、入居者(BtoC)に直接アプローチするD2C事業へ進出する試金石となる。「totono」というアプリ基盤上に新たな収益源を積み上げる構想であり、成功すれば入居者アプリの収益モデルの多様化・高付加価値化につながる可能性がある。

一方で、スマサポは2026年9月期第3四半期時点で減益基調にあり、先行投資フェーズが続いている。トレードワンの子会社化費用や統合コストが短期的な収益にどう影響するか、そして「totono」経由のD2C提案がどの程度の実需を生み出せるかが、今後の業績を見る上でのポイントとなりそうだ。取得予定日(2026年9月7日)以降の四半期決算での開示が注目される。


主な参考情報源

INTLOOP、デジタルマーケティングコンサルのアンダーワークスを子会社化 ―上流コンサルからAI実装まで一気通貫の提供体制へ

ディール概要

東証グロース上場のコンサルティング企業INTLOOP株式会社(証券コード9556)は2026年8月3日、デジタルマーケティング領域のコンサルティングを手がけるアンダーワークス株式会社(東京都港区)の株式100.0%を取得し、子会社化することを決定したと発表した。株式譲渡実行日は2026年8月6日を予定している。

項目内容
買収企業INTLOOP株式会社(東証グロース:9556)
対象企業アンダーワークス株式会社(東京都港区)
取得株式比率100.0%(発行済株式全数)
M&Aスキーム株式譲渡
株式取得価額非公表
発表日2026年8月3日
株式譲渡実行日2026年8月6日(予定)

出典:INTLOOP株式会社公式プレスリリース(2026年8月3日)、M&A Online、M&Aオンライン適時開示データベース

なお、本件の取得価額は非公表となっており、金額面の妥当性を検証できる材料は限られる。一方で、両社の売上規模・収益性は判明しているため、以下ではその数値をもとに取引の位置づけを整理する。

対象企業プロフィール:アンダーワークス株式会社

アンダーワークスは2006年4月、アクセンチュア(旧アンダーセンコンサルティング)出身の田島学氏が創業したデジタルマーケティング専業のコンサルティングファーム。大手事業会社向けに、マーケティング戦略の立案やCX(顧客体験)設計といった上流工程から、MA・CRM・CDPなどマーケティングテクノロジーの選定・導入・運用支援までを一気通貫で手がける。シンガポールにも子会社を有し、日系大手企業のグローバル案件も支援している。資本金は300万円、従業員数は約50名。近年はAI検索対応コンテンツ戦略やAIエージェント導入・業務自動化支援など、マーケティング領域へのAI実装ソリューションも展開している。

財務数値(2026年3月期)

項目金額
売上高14億2,000万円
営業利益1億円
純資産6億7,100万円

黒字かつ健全な財務基盤を持つ企業であり、前述のコメ兵HD×ガレージバンク案件(赤字企業の取得)とは対照的に、収益性のある専門特化企業をそのまま取り込む形のM&Aといえる。

出典:M&A Online「1週間のM&A速報まとめ」(2026年8月3日時点の開示情報に基づく)

買収企業プロフィール:INTLOOP株式会社

INTLOOPは2005年2月設立、東京都港区に本社を置くコンサルティングファーム。正社員コンサルタントと、約5万7,000名(2026年4月末時点)のプロフェッショナルフリーランス人材によるハイブリッド体制を強みに、企業の戦略策定から実行、内製化支援までを一貫して支援する。中長期経営計画「INTLOOP “VISION2030″」のもと、2030年7月期に「先端技術とタレントの統合ソリューションプラットフォーマー」となることを目指している。

直近の業績動向(2026年7月期)

項目金額(第3四半期累計)
売上高299億4,500万円(前年同期比+20.8%)
売上総利益89億5,700万円(同+33.2%)
営業利益6億1,000万円(同▲59.7%)
親会社株主に帰属する四半期純利益1億5,000万円(同▲82.3%)

売上・売上総利益は過去最高水準で推移する一方、ハイレイヤー人材やデリバリー社員の採用が計画を上回るペースで進んだことにより採用費・人件費が予算を大幅に超過し、営業利益は前年同期比で大きく減少した。これを受けて2026年7月期の通期業績予想は下方修正されている。なお、会社側は2027年7月期について売上高成長率20%超、通期営業利益35億円以上を見込むとしている。

出典:INTLOOP株式会社 2026年7月期第3四半期決算短信・決算説明資料(2026年6月12日)

買収の狙い・シナジー

INTLOOPは株式取得の背景として、企業のDX推進に伴うIT人材不足を課題として捉えつつ、正社員エンジニア・コンサルタントとプロフェッショナルフリーランス人材を組み合わせた独自のハイブリッドモデルで成長してきた経緯を説明している。今回、マーケティング領域を中心とした顧客基盤とマーケティングテクノロジーへの強みを持つアンダーワークスを迎えることで、AIでは代替されにくい上流コンサルティング領域の価値を強化する狙いがある。

具体的なシナジーとして、以下が挙げられている。

  • INTLOOPの戦略・ITコンサルティング・PMO事業とアンダーワークスのデジタルマーケティング領域の専門性を融合した、高付加価値なオファリング体制の構築
  • 双方の顧客基盤への相互クロスセルによる売上拡大(大規模・高収益案件の獲得)
  • INTLOOPの人材プラットフォーム(正社員・フリーランス・ビジネスパートナーネットワーク)を活用した、アンダーワークスのデリバリーリソース供給力の強化
  • アンダーワークスの知見を凝縮した業務特化型AIエージェント・AI BPOの展開による、人月型モデルに依存しないスケーラブルな収益機会の創出
  • 上場会社グループとしての信用力を活かした取引拡大、人材の共同採用、経営管理体制の強化

出典:INTLOOP株式会社公式プレスリリース(2026年8月3日)

今後の展望

アンダーワークス代表の田島学氏は、AIエージェント時代を見据え、20年にわたり培ってきた上流コンサルティングの知見をより多くの企業に届けるためINTLOOPグループへの参画を決断したとコメントしている。INTLOOP代表の林博文氏も、アンダーワークスが持つ顧客基盤と知見を「AIセントリックなマーケティングを実装する上での起点」と位置付けており、双方の統合を通じた成長加速に期待を示している。

INTLOOPにとっては、2026年7月期に採用費先行で営業利益が圧迫される中でのM&Aとなるが、会社側は2027年7月期に向けて増強した人的資本の活用とAIセントリックな運営体制への移行により収益性を回復させる方針を示しており、アンダーワークスの取り込みがマーケティング/マーケティングテクノロジー領域における事業基盤拡張の一手として、この収益回復シナリオにどう寄与していくかが今後の焦点となる。


主な参考情報源

  • INTLOOP株式会社 公式プレスリリース「デジタルマーケティング領域において高い専門性と豊富な実績を持つアンダーワークス株式会社の株式を取得」(2026年8月3日)
  • M&A Online「INTLOOP、デジタルマーケティング領域コンサルのアンダーワークスを子会社化」
  • 日本M&Aセンター「INTLOOPがデジタルマーケティング支援のアンダーワークスを子会社化へ」
  • 財経新聞(2026年8月4日)
  • 日本経済新聞 適時開示情報(2026年8月3日付)
  • INTLOOP株式会社 2026年7月期第3四半期決算短信・決算説明資料(2026年6月12日)

コメ兵ホールディングス、資産管理アプリ「cashari」運営のガレージバンクを16億円で完全子会社化

ディール概要

リユース大手のコメ兵ホールディングス(東証スタンダード、証券コード2780)は2026年7月16日、モノ資産の管理・活用アプリ「cashari(カシャリ)」を開発・運営するガレージバンク株式会社(東京都港区)の発行済株式100%を取得し、子会社化すると発表した。取得株式数は46万7,864株、株式取得価額は16億円。アドバイザリー費用など8,000万円を含む取得総額は概算16億8,000万円で、株式譲渡は2026年7月29日付で実行され、同日付でグループ会社化が完了した。

項目内容
買収企業コメ兵ホールディングス(東証スタンダード:2780)
対象企業ガレージバンク株式会社(東京都港区)
取得株式比率100%(発行済株式全数)
株式取得価額16億円
取得総額(概算)16億8,000万円(アドバイザリー費用等8,000万円を含む)
発表日2026年7月16日
株式譲渡実行日2026年7月29日
2027年3月期連結業績への影響精査中

出典:日本経済新聞(2026年7月16日)、日本インタビュ新聞社(株式投資情報編集部)、ネットショップ担当者フォーラム

対象企業プロフィール:ガレージバンク株式会社

ガレージバンクは、スマートフォンひとつで持ち物の査定から現金化までを完結できるアプリ「cashari」を開発・運営する企業。画像査定と独自の与信判断技術に加え、モノを手放さずに資金化できる「セール・アンド・リースバック」の仕組みを主力サービスとしている。利用者は保有する品物を一度売却して資金を受け取った後、リース料を支払いながら同じ物を使い続け、リース期間終了後は返却または再購入を選べる仕組みで、貸付ではなく売買契約とリース契約を組み合わせた設計となっている。「cashari」は累計40万ダウンロードを突破しており、これに必要な一連のプロセスを実現するシステムの特許を軸に事業を展開してきた。

財務数値(2025年12月期実績)

項目金額
売上高10億5,306万円
営業損失△2億685万円
当期純損失△2億4,261万4,000円
純資産4,225万9,000円

同社は3期連続の営業赤字にある一方、売上高は2023年12月期の1億4,415万8,000円から2年間で約7.3倍に急拡大しており、直近の成長率の高さがうかがえる。

出典:ビジネス+IT(2026年8月、原データはガレージバンクの開示情報に基づく)

バリュエーションの目安(単純計算)

  • 株式取得価額(16億円)/直近売上高(10.5億円):約1.5倍(PSR相当)
  • 株式取得価額(16億円)/純資産(4,225万9,000円):約37.9倍(PBR相当)
  • 株式取得価額(16億円)/コメ兵HD 2026年3月期営業利益(92億8,800万円):約17.2%

いずれも売上高・純資産・買収企業の利益水準との単純な比較であり、この倍率だけで買収価格の妥当性を判断できるものではない点には留意したい。赤字企業を相応の価格で取得した背景には、後述する顧客データやシステム開発力への評価があるとみられる。

出典:ビジネス+IT「過去最高益のコメ兵、なぜ『赤字企業』を16億円で買収?」

買収企業の狙い:コメ兵ホールディングス

コメ兵HDは、ブランド・ファッション事業、タイヤ・ホイール事業、不動産賃貸事業を展開する持株会社で、中核会社の株式会社コメ兵が中古品・新品の宝石、貴金属、時計、バッグ、衣料、きもの、カメラ、楽器等の仕入・販売を手がける。2026年3月期の連結業績は、売上高2,217億700万円(前期比39.4%増)、営業利益92億8,800万円(同50.4%増)、親会社株主に帰属する当期純利益54億8,800万円(同14.9%増)と、いずれも過去最高を更新する大幅増収増益だった。

株式取得の背景として、コメ兵HDはリユース業界について、消費者ニーズの高まりに加え、業界再編によるM&Aの活性化や新規参入企業の増加により買取・販売競争が激化していると説明。2024年5月13日公表の中期経営計画から掲げる「将来的な売上高5,000億円」という長期成長シナリオの実現に向けた投資の一環として、本件を位置付けている。

買収の決め手としては、ガレージバンクが保有する40万人超の顧客データを活用した画像査定・与信判断技術、および市場変化に素早く適応する機動的なシステム開発・改善力を挙げている。今後は、コメ兵が持つ目利き力、買取から商品化・販売までの一気通貫のバリューチェーン、リアルタイムの相場データベースと、ガレージバンクのデジタルサービスを組み合わせることで、仕入れ・流通サイクルの活性化と流通取引総額(GMV)の非連続な成長を図る方針。

出典:コメ兵ホールディングス公式発表(2026年7月29日付)、日本インタビュ新聞社

今後の展望

ガレージバンク側は、コメ兵HDの相場データベースとの連携による査定精度・与信精度の向上に加え、取扱アイテムカテゴリーの拡充、リースバックサービスの対象領域拡大、グループのバリューチェーンと連動した新サービスの開発を進める方針を示している。なお、グループ参画後も「cashari」ブランドとサービスは継続され、既存ユーザーの契約内容や利用条件に変更はないとしている。

コメ兵HDは2027年3月期の連結業績予想として、売上高2,520億円(前期比13.7%増)、営業利益108億円(同16.3%増)を見込んでおり、成長戦略の柱の一つに「M&Aによる事業拡大」を掲げ、今後もグローバル展開とデジタル領域への投資を積極的に検討していく方針としている。今回のガレージバンク買収による2027年3月期業績への影響は現時点で精査中であり、次回決算発表での開示が注目される。

赤字が続くフィンテック系スタートアップを、伝統的なリユース事業者が「顧客データ」と「システム開発力」を評価して取得するという構図は、リユース業界とフィンテックの融合、および業界再編が進む中でのデータドリブンなM&A戦略の一例として、今後の同業他社の動向を占ううえでも参考になりそうだ。


主な参考情報源

  • 日本経済新聞「コメ兵HD、査定アプリ運営買収」(2026年7月16日)
  • 日本インタビュ新聞社「コメ兵HD、ガレージバンクを16億円で完全子会社化」
  • ネットショップ担当者フォーラム「コメ兵、モノ資産の管理・活用アプリ『cashari』のガレージバンクを買収」(2026年7月29日)
  • ビジネス+IT「過去最高益のコメ兵、なぜ『赤字企業』を16億円で買収? 狙う『売却前データ』の正体」
  • コメ兵ホールディングス公式サイト(株式取得に関する開示、2026年7月29日付)
  • コメ兵ホールディングス 2026年3月期決算短信(2026年5月14日)

わずか半年で「なかったこと」に ―サイバーステップHDによる3rd買収、まさかの合意解約と全額返還の顛末

M&Aの概要:契約から完全子会社化、そして解約までのタイムライン

オンラインゲーム開発を手がけるサイバーステップホールディングス株式会社(東証スタンダード、証券コード:3810、代表取締役社長:湯浅慎司氏)は、コールセンター事業を展開する株式会社3rd(本社:東京都港区、代表取締役社長:五十嵐篤志氏)を完全子会社化していたが、わずか半年後にその株式譲渡契約を合意解約し、全株式を旧オーナーである五十嵐氏に返還していたことが明らかになった。

一連の経緯を時系列で整理すると、以下のようになる。

時期出来事
2025年10月3日株式譲渡に関する基本合意書を締結
2025年10月20日取締役会決議・株式譲渡契約締結(取得価額12億5,000万円)
2026年1月14日株式取得を実行し、3rdを完全子会社化
2026年2月〜3月頃独立系の外部専門家も交え、3rdの事業計画の再検証を実施
2026年7月14日株式譲渡契約の合意解約、子会社異動を発表
2026年7月27日取得価額12億5,000万円の全額返還が完了、株式を五十嵐氏に返還
2026年8月12日合意解約に至った詳細な経緯を開示

もともとサイバーステップは、2025年10月3日の基本合意を経て同月20日に株式譲渡契約を締結し、アリア株式会社(介護事業)と株式会社3rdの2社を同時に完全子会社化する計画を進めていた。3rdについては、当初2025年11月に譲渡実行を予定していたが、クロージングに向けた準備の過程で対象会社の月次業績に当初計画とのマイナス乖離が確認され、監査法人からも譲渡価額の妥当性について指摘を受けたことから、譲渡価額を事後的に減額できる覚書や、売主に譲渡価額相当額の保全義務を課す覚書を締結した上で、2026年1月14日に株式取得を実行する形となった。

買収対象:株式会社3rdとはどんな会社か

  • 所在地:東京都港区西麻布二丁目25番19号 Barbizon28-6F(2025年10月時点)
  • 代表者:代表取締役社長 五十嵐篤志
  • 事業内容:コンタクトセンター及びコンタクトセンターシステムに関する業務
  • 資本金:990万円
  • 設立:2024年4月11日
  • 株主構成(異動前):五十嵐篤志氏が100%保有

業績(2025年3月期)

項目金額
売上高3億1,200万円
営業利益1,500万円
経常利益1,400万円
当期純利益1,000万円
純資産2,000万円
総資産3,400万円

株式譲渡契約締結時(2025年10月)に開示された財務デューデリジェンスでは、通信業界大手との営業委託契約やBPO案件の受託見込み、既存取引条件の改善などが評価され、将来的な収益拡大が見込まれるとして12億5,000万円という取得価額が算定されていた。

なお、株式取得の相手先(売主)として開示資料に記載されているのは五十嵐篤志氏個人であり、3rdの発行済株式9,900株(議決権9,900個)の全てを、サイバーステップが取得前は所有していなかった状態から100%取得する形の取引だった。

買収側:サイバーステップホールディングスとはどんな会社か

サイバーステップは2000年創業、2006年に東証マザーズ(現グロース)に上場したオンラインゲーム開発会社。2025年12月には持株会社体制へ移行し、現在のサイバーステップホールディングス体制となった。オンラインゲーム事業を軸としながら、エンタテインメント・フィンテック・環境・循環型ビジネス・セールスなど多様な領域への事業拡大を積極的に進めており、直近でも配信アプリ・字幕生成AI開発のNAXA、インターネット広告のTRUXiAなど、複数のM&Aを継続的に実施している。

なぜ買収したのか:当初の狙い

サイバーステップが3rdを完全子会社化した目的は、顧客基盤の拡充とマーケティングチャネルの多角化にあった。3rdが持つテレマーケティング関連のノウハウと、サイバーステップがオンラインゲーム開発で培ってきた双方向コミュニケーション設計・データ分析技術を融合させ、次世代型の営業・カスタマーサポート体制を構築し、既存事業とのシナジーを創出することを企図していたという。

なぜ解約したのか:AIの急速な普及が引き金に

今回最大の注目点は、完全子会社化からわずか半年での「白紙撤回」に至った理由だろう。サイバーステップが2026年8月12日付で開示した詳細説明によれば、経緯は次のように整理できる。

  1. 月次業績の乖離:株式取得実行後、3rdの月次業績が当初の事業計画から下振れしていることが判明。特に売上成長率とKPIの連動性、人員計画の実現可能性・人件費上昇の影響、売上原価率や販管費水準の妥当性について、保守的な見直しの必要性が浮上した。
  2. AIコールセンターの急速な普及:AI技術・AIコールセンター関連サービスが当初の想定を大きく上回るスピードで普及し、人的リソースに依存する従来型のコールセンター事業を取り巻く競争環境が急変。AI関連サービスとの差別化や価格設定、収益化の前提そのものを抜本的に見直す必要が生じた。
  3. 譲渡価額減額から契約解消へ:当初は覚書に基づき譲渡価額を減額する方向で交渉が進められていたが、3rdの事業モデル自体の再構築に時間を要すると判断されたため、減額交渉よりも契約を合意解約し譲渡価額全額の返還を受ける方が、会計処理・財務リスク回避の観点から適切と判断された。

さらに今回の開示では、サイバーステップのガバナンス上の問題点にも触れられている。譲渡価額を減額できる覚書や保全義務を課す覚書について、締結当初は「重大な影響を与えるものではない」として適時開示を行っていなかったが、外部専門家(みなとみらい総合法律事務所)から、これらは投資者の判断に影響を与えうる重要な契約条件変更であり、本来は締結時点で開示すべきだったとの指摘を受けたという。同社は今後、契約変更時の弁護士確認の義務化や複数部門でのダブルチェック体制の構築など、開示プロセスの厳格化を進めるとしている。

気になる「全額返還」の行方:結論から言うと、すでに完済済み

今回の一連の出来事の中で最も気になるのは、「取得価額12億5,000万円は本当に満額返ってくるのか」という点だろう。この点について、サイバーステップの開示資料は明確な答えを示している。

2026年7月27日までに、五十嵐氏から取得価額12億5,000万円の全額返還を受け、同日付けでサイバーステップが保有していた3rd株式の全部を五十嵐氏に返還した、というのが結論だ。つまり、契約解約が発表された2026年7月14日の時点では返還時期が不透明だったものの、そこからわずか2週間ほどで全額の返還が実際に完了している。

会計処理の面でも興味深い後日談がある。サイバーステップは2026年5月期の本決算発表時点では、返還の確証を得るだけの時間的余裕がなかったことから、取得価額相当額の1,250百万円を一旦「貸倒引当金」として計上していた。しかしその後、7月27日までに全額の返還を受けたことが確定したため、2026年7月31日付で決算短信の数値データを訂正し、貸倒引当金及びその繰入額を修正している。買収から解約、そして全額返還の完了までを通じて、財務諸表が二度手直しされる異例の展開となった。

五十嵐篤志氏について:公開情報から分かること

売主であり3rdの旧代表取締役社長である五十嵐篤志氏について、公開情報から確認できる事実は限定的だ。

  • サイバーステップの適時開示資料上では、3rdの「代表取締役社長」および「売主」として一貫して「五十嵐篤志」の氏名で記載されている
  • 3rdが運営する近隣トラブル解決支援サービス「トラブルガード」(troubleguard.jp)のWebサイトには、著作権者として「株式会社3rd」の記載がある
  • 3rdの本店所在地は、株式譲渡契約締結時点(2025年10月)で東京都港区西麻布、資本金990万円、2024年4月11日設立という比較的新しい会社であったことが開示資料から分かる

一方で、Web検索を行うと、現在「3rd-inc.co.jp」というドメインで運営されている「株式会社3rd」(コールセンター・カスタマーサポート事業を標榜)の代表者は「鈴木亜李斗」氏と表示されており、五十嵐篤志氏の名前は見当たらない。所在地も東京都杉並区和泉となっており、サイバーステップへの株式譲渡契約締結時(2025年10月)に開示されていた東京都港区西麻布の住所とは異なる。同一の法人が代表者交代・移転を行った可能性、あるいは同名の別法人が存在する可能性のいずれも考えられるが、本記事の調査範囲では両者の関係を確定することはできなかった。この点については、今後の商業登記情報等での確認が望ましい。

「五十嵐篤志」氏と「五十嵐篤」氏は同一人物か

ご質問いただいた「五十嵐篤志氏」と「五十嵐篤氏」が同一人物かどうかについても調査したが、公開情報からは同一人物であると判断できる根拠は見つからなかった

ご提示いただいた情報によれば、五十嵐篤氏は欧州資本日本法人の代表取締役社長を務める人物で、早稲田大学卒業後、日本企業・東南アジア(マレーシア)企業・米系資本日本法人を経て現職に至り、MBA(英)・実務教育学修士(社会構想大学院大学、2021年4月入学・2023年3月修了)・国家資格キャリアコンサルタント・国際コーチング連盟(ICF)ACCといった資格を有し、2023年10月からは慶應義塾大学大学院後期博士課程に在籍しているとのプロフィールが確認できる。

これに対し、3rdの五十嵐篤志氏について公開情報から確認できるのは、コンタクトセンター事業を営む3rdの創業者・代表取締役社長であったという事実のみであり、上記のような国際的なキャリアや学歴・資格に関する情報は、少なくとも本記事の調査範囲では見当たらなかった。

  • 氏名の表記が「篤志」と「篤」で異なる(同一人物であれば、いずれかの資料で表記揺れが生じている可能性はあるが、それを裏付ける情報は確認できなかった)
  • 経歴・活動領域(コールセンター経営 vs. 外資系企業役員・キャリアコンサルタント)が大きく異なる
  • 両者を明確に結びつける一次情報(本人による言及や共通の経歴の記載等)は見当たらなかった

以上の点から、現時点の公開情報を前提とする限り、両者は別人である可能性が高いと考えられるが、断定はできない、というのが率直な調査結果である。より確実な同定を行うには、法人登記情報や本人による公式な発信など、追加の一次情報の確認が必要だろう。

まとめ

今回の一件は、契約締結からわずか9ヶ月、完全子会社化の実行からはわずか半年での「白紙撤回」という、M&Aの世界でも珍しい展開となった。特に、AIコールセンターの急速な普及という外部環境の変化が、伝統的な人的リソース依存型のコールセンター事業の評価を大きく揺るがした点は、労働集約型ビジネスのM&Aを検討する際の教訓として示唆に富む。

一方で、譲渡価額12億5,000万円が契約解約からわずか2週間程度で全額返還されたという事実は、買収側にとって最悪のシナリオ(返還不能・貸し倒れ)は回避できたことを意味する。とはいえ、株式取得・DD・契約締結・実行・再検証・解約・返還という一連のプロセスに費やされた時間とコスト、そして適時開示の遅れというガバナンス上の課題が浮き彫りになった点は、サイバーステップにとって重い教訓となったはずだ。


出所・参考記事

「人気の高級海苔弁」を買収したむらせHD、わずか2年弱で撤退へ

~「海苔弁いちのや」のM&Aから事業停止・自己破産までを追う~

「海苔弁」という、日本人なら誰もが知っている身近な弁当。
その海苔弁を「高級料理」にまで引き上げ、テレビやSNSでも話題になったのが、**「海苔弁いちのや」**です。
靖国神社前の店舗には行列ができ、百貨店にも出店。
「日本ロケ弁大賞」では金賞を受賞するなど、ブランドとして大きな注目を集めていました。

ところが、2024年に米穀卸大手のむらせHDが運営会社を買収。
その後、新社長を迎えるなど経営体制を刷新したものの、2026年7月には直営店を閉鎖。
8月には事業停止し、弁護士に事後処理を一任する事態となりました。自己破産に向けた動きも報じられています。

今回のケースは、
「人気ブランドだからM&Aは成功する」とは限らない
という、M&Aにおける非常に興味深い事例です。

今回は、「海苔弁いちのや」の買収から撤退までを、数字を交えながら追ってみます。


1.そもそも「海苔弁いちのや」とは?

「海苔弁いちのや」の1号店がオープンしたのは、2020年7月。
場所は東京・九段、靖国神社の目の前でした。
普通の海苔弁といえば、数百円程度の庶民的な弁当をイメージします。
しかし、いちのやは、

  • 新潟県産のブランド米
  • 瀬戸内海産の海苔
  • 宮城県塩釜市のちくわ
  • 高知県四万十川の青のり

など、素材にこだわった「高級海苔弁」を展開。
2022年には全国9店舗まで拡大していました。

そして2024年7月時点では、
全国32店舗
まで店舗網を拡大していました。
わずか4年間で、
1店舗 → 32店舗
です。

この成長力を見ると、買収する側からすれば非常に魅力的な会社に見えます。


2.実は1号店は「年商9,000万円超」

今回のM&Aを考える上で、非常に興味深い数字があります。
2024年7月のフランチャイズ募集資料によると、靖国通り本店は、
店舗面積:約8坪
でありながら、
年間売上高9,000万円超
を記録していました。

これを単純計算すると、
1日当たり売上
9,000万円 ÷ 365日
約24.7万円
です。

8坪の店舗で年間9,000万円。
1坪当たりの年間売上は、
約1,125万円
となります。
飲食・弁当店として、かなり高い売上密度です。

つまり、
「商品そのものが売れる」だけでなく、「ブランドとして売れる」
状態を作っていたことが分かります。

これが、M&Aの買い手にとって大きな魅力だったと考えられます。


3.2024年、むらせHDが買収

そして2024年9月24日。
米穀卸などを展開する株式会社むらせホールディングス(https://murase-holdings.co.jp/。以下、むらせHD)が、「海苔弁いちのや」を運営する株式会社本塁打の全株式を取得し、完全子会社化しました。
むらせHDの公表資料によると、対象会社の概要は以下の通りです。

項目内容
対象会社株式会社本塁打
現在の社名株式会社いちのや
設立2021年5月
所在地東京都千代田区九段南
代表者三浦正臣氏
資本金等5,300万円
発行済株式数40,000株
取得日2024年9月24日
取得割合100%

なお、現在の会社名は「株式会社いちのや」。
2025年11月1日に、株式会社本塁打から株式会社いちのやへ社名変更しています。


4.なぜ「米穀会社」が高級海苔弁を買ったのか?

ここは今回のM&Aで非常に重要なポイントです。
むらせグループは、もともと、
「米」
を中心とする食品企業です。
むらせの2025年9月期売上高は、
約703億円
となっています。

つまり、
「米を売る会社」から「米を使った最終商品を売る会社」へ
という垂直展開が考えられます。

海苔弁の主役は、
ご飯+海苔+おかず
です。

むらせにとっては、自社の米を「高級弁当」というブランド商品に変えることができる。
これはM&Aのシナジーとして非常に分かりやすいものです。


5.買収当時の「いちのや」は絶好調だった

2024年7月時点で店舗数は、
32店舗
まで増えていました。

さらに靖国通り本店は、
8坪で年商9,000万円超。
テレビやSNSでも話題となり、ブランド認知度も上昇。
2022年には全国9店舗だったものが、2024年には32店舗。

約2年間で、
約3.6倍
です。

これだけを見ると、
「これは買収後も店舗を増やせば大きく成長できる」
と考えるのは自然です。


6.しかし、M&A後に異変が起きる

ところが、その後の展開は想定とは異なりました。
2025年には、むらせ側主導で経営体制を刷新。
さらに2026年2月には、元スーパー関係者の新社長就任が報じられています。

現在の公式サイトでは、
代表取締役会長:村瀬慶太郎氏
代表取締役社長:長谷川和彦氏
とされています。

つまり、M&A後、
創業者・旧経営陣中心の経営
から、
親会社主導の経営
へ移行していったことが分かります。


7.実は2026年1月には、すでに店舗閉鎖が始まっていた

現在振り返ると、2026年1月の動きは非常に重要です。
公式サイトでは、2026年1月19日付で、

  • 新宿甲州街道店
  • アトレ大森店
  • アトレ吉祥寺店

の閉店が発表されています。

最終営業日は、
1月28日または1月30日
でした。
つまり、
「新社長就任」より前から、店舗のスクラップ&ビルドが進んでいた
ことになります。

これは、M&A後の経営がすでに大きな転換点を迎えていたことを示しています。


8.2025年には、むしろ出店もしていた

さらに興味深いのがここです。

2025年10月には、
新百合丘オーパ店
を新規出店しています。

つまり、
出店 → 閉店
を繰り返すスクラップ&ビルドが行われていました。

一方で、京都河原町本店は2025年8月31日に閉店しています。
これは単純な「全店舗撤退」ではなく、
採算性の低い店舗を閉鎖し、出店場所を選別する
という経営判断が行われていた可能性があります。

ただし、最終的には2026年7月に直営事業そのものから撤退することになります。


9.そして2026年7月、「親会社が撤退」を決断

2026年7月22日、日刊食品速報が、
「むらせHDが海苔弁『いちのや』事業撤退へ」
と報道しました。

直営店は、
2026年7月31日
で営業終了。

一方、FC店舗については営業継続の動きがありました。
この時点で、
「ブランドそのものを消滅させる」のではなく、「自社運営をやめる」

という判断が見えてきます。


10.そして8月、会社そのものが事業停止

さらに8月4日までに、株式会社いちのやは事業を停止。
事後処理を弁護士に一任しました。
東京商工リサーチによると、直営店は7月31日で閉店した一方、FC店は営業を継続するとされています。

また、負債総額については現時点で精査中とされています。

したがって、2026年8月13日時点では、
「自己破産した」
と断定するより、
「事業停止し、弁護士に事後処理を一任。自己破産に向けた動きが報じられている」

と書くのが正確です。


11.買収から約2年で何が起きたのか?

ここで今回のM&Aを時系列で整理してみましょう。

時期出来事
2020年7月靖国通り本店オープン
2022年全国9店舗
2024年7月32店舗
2024年9月24日むらせHDが100%買収
2025年5月むらせ主導で体制刷新
2025年8月京都河原町店閉店
2025年10月新百合丘オーパ店オープン
2025年11月本塁打→いちのやへ社名変更
2026年1月新宿・大森・吉祥寺店閉店
2026年2月元スーパー関係者の新社長就任報道
2026年7月むらせHDが事業撤退
2026年7月31日直営店閉店
2026年8月4日まで事業停止・弁護士一任

買収から事業撤退まで、
約1年10カ月
です。

これはM&Aの事例として、非常に短い期間です。


12.では、なぜ失敗したのか?

もちろん、株式会社いちのやの詳細な財務諸表は非上場企業のため公開されておらず、
「○○億円の赤字が原因だった」
と断定することはできません。

しかし、東京商工リサーチは、

  • 原材料費の高騰
  • 人件費の高騰
  • 出店費用
  • スクラップ&ビルドによる業容縮小

などを指摘しています。

ここから、今回のM&Aについていくつかのポイントが考えられます。


13.最大の問題は「人気」と「収益性」の違い

今回、最も重要なM&Aの教訓だと思われるのが、
「人気ブランド=高収益企業」ではない
ということです。

いちのやは、

テレビに出る

SNSで話題になる

行列ができる

百貨店にも出店する

店舗数が増える

という「人気ブランド」としては成功していました。
しかし、会社経営では、
売上-原材料費-人件費-家賃-物流費-本部費-出店費用
が最終的な利益になります。

特に弁当ビジネスは、

  • 食材
  • 包装資材
  • 人件費
  • 店舗賃料
  • 廃棄ロス
  • 配送費

など、多くのコストがかかります。
「売上が増えれば利益も増える」とは限りません。


14.「1店舗9,000万円売れる」ことの落とし穴

靖国通り本店の年商は、
9,000万円超
でした。

しかし、売上9,000万円という数字だけでは、店舗の収益性は判断できません。
例えば仮に、
売上9,000万円
に対して、

原価40%
人件費25%
家賃10%
その他経費15%

なら、

利益は10%=900万円。

しかし、

原価45%
人件費30%
家賃12%
その他経費15%

なら、
営業利益はほぼゼロ
です。

これはあくまで例ですが、
「年商9,000万円の店」=「儲かる店」
ではないことが分かります。

今回のM&Aを分析する際にも、売上高だけではなく、
店舗別営業利益
投資回収期間
出店後の損益分岐点
を見る必要があります。


15.店舗を増やすほど利益が増えるとは限らない

いちのやは、

2022年:9店舗

2024年:32店舗
と急拡大しました。

しかし、新店舗を出すには、

  • 敷金・保証金
  • 内装費
  • 厨房設備
  • 冷蔵設備
  • 人材採用
  • 採用教育
  • 販促費

などの先行投資が必要です。つまり、
「出店=売上増」
である一方、
「出店=キャッシュ流出」
でもあります。

特に多店舗展開では、
店舗数が増えるスピードと、キャッシュを回収するスピード
のバランスが重要です。

ここを誤ると、
「売上は増えているのに、現金が減っていく」
という状態になります。


16.M&A後の「成長投資」が逆回転した可能性

今回のケースをM&Aの観点から考えると、非常に重要な論点があります。
買収時点では、
「人気ブランドをさらに店舗展開する」
という戦略が考えられます。

しかし、
出店

固定費増加

人件費増加

原材料費上昇

不採算店舗発生

店舗閉鎖

投資回収できず

という逆回転が始まると、急拡大した企業ほどダメージが大きくなります。
東京商工リサーチも、原材料費・人件費・出店費用などの負担を指摘しています。


17.買い手「むらせHD」のシナジーは実現したのか?

ここもEXITERとしては重要なポイントです。
むらせグループは米穀卸を中心とする食品企業です。
2025年9月期の売上高は、
約702.8億円
でした。

つまり、いちのやの買収は、
「米」→「弁当」
という川下への進出という意味では、合理性があります。

しかし、M&Aのシナジーは、
「理論上相性が良い」
だけでは実現しません。

例えば、

  • むらせの米をどれだけ使ったのか
  • 米の調達コストをどれだけ下げられたのか
  • 物流をどれだけ共通化できたのか
  • 工場をどれだけ効率化できたのか
  • 新規出店コストをどれだけ削減できたのか

といった、
「数字になったシナジー」
まで確認する必要があります。

今回のケースでは、少なくとも公開情報だけでは、こうしたシナジーがどの程度実現したのかを確認することはできません。


18.「買収価格」はいくらだったのか?

今回、M&A分析をする上で残念なのが、
買収価格が公表されていない
ことです。

むらせHDの公表資料には、

  • 株式取得日
  • 全株式取得
  • 対象会社の資本金
  • 発行済株式数

などは記載されていますが、取得価格は開示されていません。

したがって、
「○億円で買収したが、○億円損失になった」
という分析はできません。

逆に言えば、
「買収価格非公表のため、投資回収率を計算できない」
こと自体は、M&A分析のポイントとしてとらえます。


19.買収後の「企業価値」をどう測るべきだったか?

今回の案件から、買収前のデューデリジェンスについても考えることができます。
例えば、買収時に見るべきだったのは、

① 店舗別売上

単純な全店売上ではなく、
店舗別の月商
を見る。

② 店舗別営業利益

売上だけではなく、
店舗ごとの実際の利益
を見る。

③ 新規店の投資回収期間

例えば1店舗3,000万円を投資して、
年間営業利益600万円なら、
単純回収期間は5年。
これが1,000万円なら3年。
この違いは非常に大きい。

④ FCと直営の収益性

いちのやはFC展開も行っていました。
FCの場合、
本部側の収益

加盟店側の収益
は異なります。

FC店舗が増えても、本部が十分儲かるとは限りません。


20.今回のケースで特に注目したい「FC」

実は今回、事業停止後も、
FC店舗は営業継続
という動きがあります。
これは非常に面白いポイントです。

つまり、
「店舗としてのブランドにはまだ価値がある」
可能性があります。

会社そのものは事業停止に至っても、

  • ブランド
  • 商品
  • レシピ
  • 店舗運営ノウハウ
  • FC網

などには価値が残る可能性があります。

これはM&Aの世界では、
「会社の価値」と「事業の価値」は同じではない
ということを示しています。


21.「いちのや」のM&Aから学べる5つの教訓

今回のケースから、M&Aを検討する経営者にとって重要な教訓を5つ挙げたいと思います。

教訓①「人気」と「利益」を分けて考える

SNSでバズっている。
行列ができている。
テレビに出ている。
これらはブランド価値を示しますが、
利益率を示しているわけではありません。


教訓②「店舗数」ではなく「店舗当たり利益」を見る

32店舗という数字は魅力的です。
しかし、
1店舗当たり営業利益はいくらなのか?
を見る必要があります。


教訓③ 出店ペースと資金繰りをセットで考える

店舗を増やせば売上は増えます。
しかし、
出店投資→回収
のサイクルが長ければ、資金繰りが悪化します。


教訓④ M&A後の経営統合が重要

買収して終わりではありません。
今回も、
2024年買収

2025年体制刷新

2026年新社長
というように、経営体制が変化しています。

PMIがうまくいかなければ、買収前の強みを失う可能性もあります。


教訓⑤ 撤退基準をあらかじめ決める

M&Aでは、
「買ったから何としてでも続ける」
という判断が最も危険な場合があります。

一定期間で、

  • EBITDA
  • 営業利益
  • 店舗当たり利益
  • 投資回収期間
  • キャッシュフロー

が目標に届かなければ、
店舗売却・事業売却・撤退
を判断する。

これが重要です。


22.今回のM&Aを「成功・失敗」だけで評価してはいけない

今回のケースを、
「むらせHDの買収は失敗だった」
と簡単に結論づけるのは適切ではありません。

なぜなら、
買収価格が非公表
だからです。

また、

  • 買収時の財務状況
  • 買収後の投資額
  • 親会社からの資金投入
  • シナジーによる効果
  • 事業撤退によって回収できた資産

なども公開されていません。

したがって、投資リターンを正確に計算することはできません。
むしろ今回のM&Aは、
「M&A後、約2年で事業撤退を判断したケース」
として見る方が適切でしょう。


23.今回のストーリーを数字でまとめる

最後に、今回のM&Aを数字で振り返ります。

指標数字
1号店オープン2020年7月
2022年店舗数9店舗
2024年7月店舗数32店舗
靖国通り本店8坪
同店年間売上9,000万円超
むらせHD買収2024年9月24日
買収割合100%
対象会社資本金等5,300万円
2025年11月本塁打→いちのやへ社名変更
2026年1月3店舗閉店
2026年2月新社長就任報道
2026年7月31日直営店閉店
2026年8月4日まで事業停止・弁護士一任
買収価格非公表
負債総額調査中

買収時には、
「9店舗 → 32店舗」
という急成長実績があり、

靖国通り本店は、
8坪で年商9,000万円超
という非常に強い数字を持っていました。

それにもかかわらず、買収から約1年10カ月後には親会社が撤退を決断。

そして会社は事業停止に至りました。


まとめ――「人気ブランドを買う」だけではM&Aは成功しない

今回の「海苔弁いちのや」のケースは、M&Aの難しさを象徴する事例です。
2024年の買収時点では、
32店舗
靖国通り本店 年商9,000万円超
という非常に魅力的な数字がありました。

しかも、「高級海苔弁」という明確なブランドポジションを確立し、テレビやSNSでも話題になっていました。
買い手のむらせHDにとっても、
「米」×「高級弁当」
というシナジーが期待できる案件でした。

しかし、M&A後には、
体制刷新

店舗のスクラップ&ビルド

新社長就任

親会社による事業撤退

事業停止
という展開になりました。

今回のケースから見えてくるのは、
「売れる商品」と「儲かる会社」は違う。
という、極めてシンプルですが重要な事実です。

そしてM&Aにおいては、
「この会社は人気があるか?」
だけではなく、
「この会社は1店舗当たりいくら稼ぐのか?」
「新店舗への投資を何年で回収できるのか?」
「買収後に、どの程度のシナジーを数字で作れるのか?」
まで分析する必要があります。

今回の「海苔弁いちのや」は、
「M&Aで買収した人気ブランドが、なぜわずか2年弱で撤退することになったのか?」
という点で、非常に価値のあるM&A事例と言えるでしょう。

ヒューリック、サロウィンを100億円超で買収

~なぜ不動産会社が「美容師のシェアサロン」を買ったのか?数字で見る異色のM&A~

2026年6月23日、不動産業界で非常に興味深いM&Aが発表されました。
不動産大手のヒューリックが、フリーランス美容師向けのシェアサロンを展開するサロウィン株式会社(https://salowin.jp/company/)を完全子会社化したのです。

日経新聞によると、買収額は100億円を超える見通し
一方、ヒューリックとサロウィンが公表した資料では取得額は非公表です。

つまり今回のM&Aは、
「不動産会社が、美容室を100億円超で買収する」
という、一見すると意外な組み合わせなのです。

しかし、数字を詳しく見ていくと、ヒューリックがサロウィンに何を期待しているのかが見えてきます。


1.今回のM&Aを整理すると

買い手は、東証プライム上場のヒューリック。
売り手側の対象会社はロウィン株式会社(https://salowin.jp/company/)。
サロウィンは2019年7月設立で、同年9月に原宿で1号店をオープンしました。
その後、

  • フリーランス美容師向けシェアサロン「SALOWIN」
  • 個室型「SALOWIN Suite」
  • ネイリスト・アイリスト向け「SALON VILLAGE」
  • 美容室開業支援「ALL SHARE」
  • 小規模美容室向け「me by ,,」

などへ事業領域を広げています。

2026年5月末時点では、シェアサロンと開業支援を合わせて全国280店舗、利用するビューティシャンは約3,000人まで拡大しています。

M&A概要

項目内容
買い手ヒューリック
対象会社サロウィン
取得割合100%
買収価格100億円超との報道
公式発表取得額は非公表
サロウィン設立2019年7月
店舗数約280店舗
利用ビューティシャン約3,000人
現在の営業利益約4億円
2031年目標店舗数1,000店舗
2031年目標営業利益40億円

取得額については、日経が100億円超と報じていますが、サロウィン側の発表では取得額は公表されていません。


2.100億円超は高いのか?

今回、最も気になるのがここでしょう。
仮に日経報道の最低ラインである「100億円」として考えてみます。
現在のサロウィンの営業利益は約4億円。
すると、
100億円 ÷ 4億円 = 25倍
です。

つまり、単純計算では、
現在の営業利益の25年分
に相当します。

もちろん、これは正式なPERやEV/EBITDA倍率ではありません。
サロウィンの取得価格、純有利子負債、減価償却、税金などの詳細が公表されていないためです。

しかし、M&Aの感覚として、
「現在の利益だけを基準にすると、かなり高い価格」
と考えることはできます。

では、なぜヒューリックは100億円超を払うのでしょうか?
答えは、
「現在のサロウィン」ではなく、「2031年のサロウィン」を買っているから
と考えると分かりやすくなります。


3.ヒューリックが買ったのは「美容室」ではない

サロウィンを普通の美容室チェーンだと考えると、今回の買収価格は非常に高く見えます。
しかし、サロウィンのビジネスモデルは通常の美容室とは異なります。
美容室の場合、
「店舗を出す」

「美容師を採用する」

「美容師が施術する」

「顧客から売上を得る」
というモデルが基本です。

一方、サロウィンは、
美容師が自分で店舗を持たなくても独立できる「場所」を提供するプラットフォーム
です。

つまり、サロウィンが提供しているのは、
「美容室」ではなく「美容師が独立するためのインフラ」
と考えることができます。

ここが、今回のM&Aを理解する上で重要です。


4.わずか7年で280店舗

サロウィンの成長スピードを見ると、今回の買収価格が少し違って見えてきます。
2019年9月:1店舗

2023年7月:70店舗

2025年2月:86店舗

2026年5月:280店舗
という急成長です。

特に2025年2月から2026年5月までの約1年3カ月で、
86店舗 → 280店舗
となっています。
約3.3倍です。
これは通常の美容室チェーンとはかなり異なる成長速度です。


5.利用する美容師も3,000人規模へ

店舗数だけではありません。
2025年2月時点では、シェアサロンと開業支援を合わせて関与する美容室が150店舗、利用美容師は1,500人超でした。

それが2026年5月末には、
美容サロン:約280店舗
ビューティシャン:約3,000人
まで拡大しています。

つまり、約1年3カ月で利用ビューティシャンも、
1,500人 → 3,000人
と、おおむね倍増しています。

これはサロウィンが単なる「店舗ビジネス」ではなく、
美容師のネットワークを拡大するプラットフォーム型ビジネス
へ進化していることを示しています。


6.そして最大のポイントが「2031年40億円」

ヒューリック傘下に入ったサロウィンは、2031年までに、
店舗数1,000店舗
営業利益40億円
を目標としています。

現在が、
店舗数:約286店舗
営業利益:約4億円
と報じられているため、数字を比較すると、

現在2031年目標増加倍率
店舗数約286店1,000店3.5倍
営業利益約4億円40億円10倍

となります。
ここが今回のM&Aの最大のポイントです。


7.営業利益を「10倍」にする計画

営業利益は、
4億円 → 40億円
です。

つまり、
10倍
を目指しています。
これを5年間で達成するには、営業利益の年平均成長率は約58.5%になります。
かなり野心的な目標です。

一方、店舗数は、
286店舗 → 1,000店舗
です。
こちらは年平均約28.4%の成長率で達成できます。

つまり、
店舗数を3.5倍にするだけでなく、1店舗当たりの収益性も大幅に高める
ことが必要になります。


8.「100億円超」の買収価格が安く見える瞬間

ここで2031年の目標利益を使ってみます。
仮に買収価格を100億円とすると、
現在の営業利益4億円に対しては、
100億円 ÷ 4億円 = 25倍
です。

しかし2031年に営業利益40億円を実現できれば、
100億円 ÷ 40億円 = 2.5倍
となります。
もちろん、これは現在価値と将来利益を単純比較しただけなので、実際の企業価値評価とは異なります。

しかし、
「なぜヒューリックが100億円超を払えるのか?」
という疑問に対する、一つの答えにはなります。
つまりヒューリックは、
「現在の4億円の営業利益」に100億円を払ったのではなく、「将来40億円の営業利益を生み出す可能性」に投資した
と考えることができます。


9.サロウィンは2025年にも大型資金調達

実は、今回のM&Aの前からサロウィンには投資家が大きな期待を寄せていました。

2025年2月、サロウィンはシリーズDとして約52億円を調達。
内訳は、
第三者割当増資:約25億円
デットファイナンス:約27億円
です。

累計調達額は、
約88億円
に達していました。

これは今回の100億円超という買収価格を考える上でも重要な数字です。
サロウィンは2025年時点ですでに、
「次の成長に大きな資金を投じる会社」
として評価されていたわけです。


10.ただし「累計調達88億円=企業価値88億円」ではない

ここはM&Aの記事として注意したいポイントです。
サロウィンの累計資金調達額は約88億円。
今回の買収価格は100億円超と報道されています。
そのため、
「88億円で資金調達して100億円超で売却した」
という単純な話ではありません。

資金調達額には、
株式による調達約25億円
だけでなく、
借入約27億円
も含まれています。

また、資金調達額は企業価値そのものではありません。
したがって、
「調達額88億円 → M&A価格100億円超」
という数字だけから投資家のリターンを計算することはできません。

むしろ重要なのは、
「2025年の大型資金調達から約1年4カ月で、ヒューリックによる100%子会社化に至った」
という成長スピードでしょう。


11.ヒューリックは2023年からサロウィンを見ていた

今回の買収は、突然決まったものではありません。
ヒューリックは2023年9月、ヒューリックスタートアップ1号ファンドを通じてサロウィンに出資しています。
当時のサロウィンは、
創業4年で70店舗
という段階でした。

つまりヒューリックは、
70店舗のサロウィンに出資

280店舗へ成長

100%子会社化
という流れで、段階的に関係を深めてきたことになります。

今回の買収は、ヒューリックにとってCVC投資先を完全子会社化する初めての案件とされています。
これはスタートアップ投資からM&Aへ移行する一つのモデルケースとしても注目できます。


12.なぜ「不動産会社」が美容室を買うのか?

ここが今回のM&A最大のポイントです。
ヒューリックは不動産会社です。

2025年12月末時点で、賃貸用不動産を全国250棟保有し、その46%が東京都心5区、59%が駅徒歩3分以内という強い不動産ポートフォリオを持っています。

一方、サロウィンの事業は、
「美容師が働く場所」
が必要です。

つまり、
ヒューリックの「不動産」
と、
サロウィンの「美容師ネットワーク」
は非常に相性が良い。

ヒューリック自身も2023年の出資時点で、銀座や渋谷などのヒューリックの不動産事業とサロウィンの出店戦略には親和性があり、シナジー創出を目指すと説明していました。


13.ヒューリックの物件にサロウィンを入れる

例えば、
「駅前のヒューリック所有ビル」

「テナントとしてサロウィンを誘致」

「美容師が入居」

「美容師が顧客を呼ぶ」
という仕組みを作ることができます。

通常の不動産賃貸では、
「誰に貸すか」
が重要です。

サロウィンをグループ内に持てば、
「美容師・美容サロンというテナント需要そのものを取り込む」
ことができます。

さらに、サロウィンが店舗を増やせば、
ヒューリックの物件への入居機会も増えます。
これは不動産会社にとって、非常に興味深い垂直統合です。


14.ヒューリックは「M&A会社」に変わろうとしている?

今回の案件を単独で見るのも面白いですが、ヒューリックの経営戦略を見るとさらに意味が分かります。
ヒューリックは2026年から2036年の中長期経営計画で、
「不動産事業をベースとしながら、多様な成長事業を取り込む」
方針を掲げています。

2036年の連結経常利益目標は、
3,000億円
です。

2025年12月期の連結経常利益は、
1,729億円
でした。

つまり、
1,729億円 → 3,000億円
へ利益を拡大する計画です。

不動産だけに依存せず、

  • ヘルスケア
  • 観光
  • 教育
  • 環境
  • スタートアップ
  • その他の成長事業

などへ事業ポートフォリオを広げています。
サロウィン買収も、この「多様な成長事業」の一つと考えられます。


15.サロウィンの「店舗当たり利益」を考えてみる

現在の営業利益を約4億円、店舗数を286店舗として単純計算すると、
4億円 ÷ 286店舗 ≒ 140万円
となります。

つまり、現在の営業利益を店舗数で単純に割ると、
1店舗当たり年間約140万円
です。

もちろん、これは店舗ごとの実際の利益ではありません。
本部費用や事業間の収益構造、FC店舗、開業支援事業などがあるため、単純な「店舗別営業利益」とは異なります。
それでも、2031年目標を同じように計算すると、
40億円 ÷ 1,000店舗 = 400万円
です。

つまり、
現在:約140万円/店舗

2031年:約400万円/店舗
という水準になります。

これは、
店舗数だけを増やすのではなく、店舗当たりの収益性を約2.9倍にする
ことを意味します。
ここが2031年計画の難所でしょう。


16.「100億円超」のM&Aを成功させる条件

今回の買収が成功するためには、大きく3つの条件があると考えられます。

条件① 1,000店舗を実現できるか

現在約286店舗。
目標1,000店舗なので、
あと約714店舗
を増やす必要があります。

5年間で考えると、年間平均約143店舗の純増が必要です。
かなり高い成長目標です。


条件② 営業利益40億円を達成できるか

現在約4億円。
目標40億円。
10倍
です。
単純な店舗数拡大だけでは足りません。
高収益店舗の増加、稼働率向上、新規事業、開業支援、教育、SaaSなど、複数の収益源を育てる必要があります。


条件③ ヒューリックとのシナジーを出せるか

今回のM&Aの最大のポイントです。
ヒューリックには、
不動産
があります。
サロウィンには、
美容師ネットワーク

があります。

この2つを組み合わせることで、
「良い場所」
  ×
「美容師」
  ×
「顧客」
というプラットフォームを作れるか。

ここに100億円超の投資を回収する鍵があります。


17.サロウィンは「美容室版のプラットフォーム」になれるか

サロウィンの阿部友哉社長は、ヒューリックグループ入りに際して、IPOではなくM&Aを選んだ理由として、今後取り組みたいテーマに、

  • ビューティシャンと事業者向け業務基盤SaaS「BYOON」
  • 物流・調達プラットフォーム
  • グローバル展開

などを挙げています。
さらに「10年以内に売上1,000億円」という構想も示しています。

ここまで来ると、もはやサロウィンは、
「シェアサロン会社」
だけではありません。

美容師を中心とした、
「美容業界のインフラ企業」
を目指していると見ることができます。


18.実は「売上高」より「流通額」に注目すべき

今回の案件で注意したいのが、「売上高」です。
サロウィンは2026年3月時点で、来期の流通額約400億円を見込むとしています。
ただし、

流通額=サロウィンの売上高
ではありません。

シェアサロンの場合、美容師が顧客から得る施術売上などが「流通額」に含まれ、それをすべてサロウィンの売上として計上するわけではありません。

したがって、現時点で公開情報だけから、
「サロウィンの売上高は400億円」
と書くのは誤りです。

むしろ、
「来期の流通額400億円を見込む規模までプラットフォームを拡大している」
と表現するのが適切でしょう。


19.「100億円超」は売上ではなく、将来のプラットフォーム価値への投資

今回のM&Aを数字でまとめると、次のようになります。

現在

店舗:約286~280店舗
ビューティシャン:約3,000人
営業利益:約4億円
来期流通額:約400億円見込み

2031年目標

店舗:1,000店舗
営業利益:40億円

買収価格

100億円超との報道

この数字を見ると、
「現在の利益4億円に100億円超」
ではなく、
「今後、営業利益40億円を生み出す可能性のある美容業界プラットフォームに100億円超」
という投資だと考えた方が、今回のM&Aの本質に近いでしょう。


20.今回のM&Aで一番面白いポイント

私は今回の案件で最も興味深いのは、
「不動産会社が美容会社を買った」
ことではないと思います。

本質は、
「不動産会社が、自社の物件を利用する新しい需要を自ら作り出そうとしている」
ことにあります。

ヒューリックは不動産を持っています。
サロウィンは美容師を持っています。

美容師には店舗が必要です。
店舗には物件が必要です。
そして美容師には顧客がいます。

この循環を一つのグループ内に取り込むことができれば、
「不動産」→「店舗」→「美容師」→「顧客」
という新しいビジネスエコシステムが生まれます。


まとめ

今回のヒューリックによるサロウィン買収は、表面的には、
「不動産会社がシェアサロン会社を100億円超で買収した」
という異色のM&Aです。

しかし、数字を並べると、その狙いが見えてきます。
サロウィンは、
2019年:1店舗
から始まり、
2026年:約280~286店舗
ビューティシャン:約3,000人
まで成長。

さらに2031年には、
1,000店舗
営業利益40億円
を目指しています。
現在の営業利益約4億円に対して100億円超という買収価格は、現在の利益だけを見れば決して安くありません。

しかし、2031年の営業利益40億円を実現できれば、単純比較では買収価格は将来利益の2.5倍です。
もちろん、将来目標がそのまま実現する保証はありません。
だからこそ今回のM&Aは、
「ヒューリックはサロウィンの何に100億円超を払ったのか?」
という視点で見る価値があります。

それは、美容室の店舗そのものではなく、
3,000人規模のビューティシャンネットワーク
280店舗規模の出店プラットフォーム
美容室開業支援のノウハウ

そして、
今後1,000店舗・営業利益40億円へ成長する可能性
なのではないでしょうか。

M&Aの価格とは、現在の数字だけで決まるものではありません。
「買収後に、どこまで企業価値を高められるか」
を買い手がどう評価するかによって、大きく変わります。

今回のヒューリック×サロウィンは、
「不動産×美容×プラットフォーム」
という、一見すると異色ながら、実は非常にシナジーの大きいM&Aと言えるでしょう。

そして今後注目したいのは、
100億円超で買ったサロウィンが、2031年に本当に営業利益40億円を達成できるのか。

ここに、このM&Aの成否がかかっています。

「連続的な非連続な成長」とは何か ―GENDAの連続M&A戦略を数字で読み解く

GENDAという会社

株式会社GENDA(東証グロース、証券コード:9166)は、「GiGO」ブランドのアミューズメント施設運営を主力に、2040年に「世界一のエンターテイメント企業になる」というビジョンを掲げる企業だ。代表取締役会長の片岡尚氏が2018年にイオンファンタジーを退社して創業し、以来「連続的な非連続な成長(Serial Non-linear Growth)」を掲げ、驚異的なペースでM&Aを重ねてきた。

2026年1月期第3四半期(2025年2月〜10月)だけで19件のM&Aを実行し、連結子会社数は前期末から11社増の41社に達している。今回は、そんなGENDAの成長を支える主要なM&A案件を、公表されている数値とともに振り返ってみたい。

全社業績:急拡大する売上と、あえて減益を許容する経営

まずはGENDA全体の業績を見ておこう。2026年1月期(2025年2月〜2026年1月)の連結業績は以下の通り。

項目2026年1月期実績前期比
売上高1,707億8,700万円+52.7%
調整後EBITDA228億3,900万円+48.6%
調整後営業利益133億4,500万円+27.2%

さらに2027年1月期の会社予想は、売上高2,150億円、調整後EBITDA300億円、のれん償却前当期純利益106億円へと上方修正されている。

興味深いのは、GENDAが会計上のGAAP営業利益・純利益をあえて重視しない経営方針を明確にしている点だ。M&A関連費用(仲介手数料、DD費用、FA費用等)やのれん償却費を差し引く前の「調整後EBITDA」を経営の実力値として開示する一方、GAAPベースの営業利益は買収を重ねるほど一時的に押し下げられる構造になっている。実際、2026年1月期第3四半期累計では、売上高が前年同期比54.0%増となった一方、GAAP営業利益は同9.0%減という「増収減益」の決算となった。これは業績が悪化しているのではなく、それだけ活発にM&Aを行った結果と言える。

なお、資金調達の面でも方針転換があった。これまで2度実施してきた「M&A待機資金目的の公募増資」を、今後は最低3年間は行わないと宣言。既存事業が生み出すフリーキャッシュフロー(2027年1月期は50億円創出を目標)と借入を活用する方針へと転換している。

主要M&A案件を数字で振り返る

1. セガ エンタテインメント(2020年)―すべての始まりは「0円」買収

GENDAの快進撃の原点となったのが、2020年のセガ エンタテインメント買収だ。新型コロナウイルスの影響で、セガエンタテインメントは2020年3月期に約9億円の最終赤字、2021年3月期第1四半期には約27億円の赤字を計上。セガサミーホールディングスはゲームセンター事業からの撤退を決断し、当時売上高406億円・営業利益1億7,800万円・純資産188億円だったセガエンタテインメント株式の85.1%を、なんと譲渡価格0円でGENDA(当時:ミダスエンターテイメント)へ譲渡した。

一方でセガサミーHD側は、店舗の固定資産を回収可能価額まで減額したことなどにより、2021年3月期に200億円の特別損失(構造改革費用)を計上している。コロナ禍という異常事態の中で成立したこの「0円買収」が、GENDAを一躍業界大手へと押し上げる転機となった。セガエンタテインメントはその後「GiGO」ブランドへと生まれ変わり、現在もGENDAの国内事業の中核を担っている。

2. National Entertainment Network(2024年)―約48億円で北米約8,000拠点を獲得

米国でスタッフ常駐なしの小型ゲームコーナー「ミニロケ」事業を展開するNational Entertainment Network(NEN、Claw Holdings傘下)の全持分を、**取得価額 概算3,100万米ドル(約48億7,500万円)**で取得。NENは全米約8,000箇所のミニロケを展開する大手オペレーターで、当時の売上高は約1億米ドル、償却前営業利益は約800万米ドルだった。WalmartやKroger、Denny’sなど米大手小売・外食チェーンとの取引網を持ち、この買収によりGENDAグループのミニロケ拠点網は一気に拡大した。

3. Player One(2025年)―GENDA史上最大、約260億円買収

2025年4月に発表されたPlayer One Amusement Group(持株会社:Pixel Intermediate Holding Corporation)の買収は、GENDA史上最大規模の案件となった。アドバイザリー費用等を含めた取得総額は260億1,600万円(US$170 million規模)。

Player Oneは1975年創業、北米でゲームセンター104店舗・ミニロケ約2,000箇所を運営する北米最大級のアミューズメントグループで、AMCエンターテイメントをはじめとする大手映画館チェーンとの長期取引を持つ。買収対象企業の直近EBITDAは1,820万米ドルで、GENDAは中期的に3,500万米ドルへの成長を計画しているという。この買収により、2027年1月期のGENDAグループ北米売上高は単純合算ベースで約300百万米ドル(約440億円)規模となり、グループ全体に占める北米売上比率は約25%に達する見込みだ。買収資金の大部分は借入で賄われ、資本効率(Cash ROIC)は中期的に約15%を維持する計画とされる。

4. アクトプロ(2024年12月)―外貨両替機事業「SMART EXCHANGE」を約15.7億円+株式交換で取得

2024年12月24日、GENDAは外貨両替機事業「SMART EXCHANGE」を運営するアクトプロ(東京都港区、2010年設立)の完全子会社化を発表した。アクトプロの当時の業績は売上高31億9,000万円、営業利益3億9,300万円、純資産7億2,500万円

取得スキームは2段階で構成されている。まず発行済株式の29.3%(14万6,446株)を現金対価15億7,400万円で取得。その後、簡易株式交換によって残る株式を取得し完全子会社化する仕組みで、株式交換比率はGENDA1株:アクトプロ3.94株、GENDAは新株139万3,002株を割り当てた。株式取得の完了予定日は2025年3月3日とされた。

なお、アクトプロは子会社化に先立ち、外貨両替機事業以外の不動産事業・M&Aコンサルティング事業などを新設会社「アクトプロホールディングス」に吸収分割の形で承継させたうえで、外貨両替機事業のみを残した会社としてGENDA傘下に入るというスキームが取られている。

アクトプロが展開する「SMART EXCHANGE」は、10カ国語・世界12地域通貨に対応する外貨両替機で、全国650カ所以上に設置されている。GENDA傘下のGiGO店舗のうち、インバウンド需要の多い「GiGO大阪道頓堀本店」「GiGO秋葉原3号館」「GiGO渋谷宮益坂」「GiGO福岡天神」など全国14店舗(2024年11月末時点)にはすでに設置済みだった。

買収の狙いとしては、スタッフが常駐しない「ミニロケ」事業と外貨両替機事業のビジネスモデルが類似している点が挙げられている。省人化された無人設置型サービスという共通項を軸に、両社間でのノウハウ共有によるシナジーが期待された。訪日外国人観光客(インバウンド)数の拡大が続く市場環境の中、アミューズメント施設への外貨両替機の追加設置を通じた相乗効果を狙った買収と言える。

5. 国内ロールアップM&A(2025年)―ゲームセンター69店舗を取得

国内では、ドラマ(吸収分割)、ハローズ、ゲームグース、エスアイアミューズメント、ユーイングなど複数社を相次いで子会社化する「ロールアップ型M&A」を展開。2025年2月〜5月にかけての5件で、合計69店舗を取得した。

このうちハローズは、阪和興業株式会社から株式100%を取得する形で子会社化されたもので、全国でアミューズメント施設「ハローズガーデン」53店舗、ミニロケ63箇所を展開していた(2024年12月時点)。GiGOブランドの限定プライズ投入や、店舗数拡大に伴うゲーム機・プライズの購買力向上によるシナジーが狙いとされている。

セグメント別の状況(2026年1月期第3四半期累計)

主力の「エンタメ・プラットフォーム事業」の売上高は1,097億5,600万円(前年同期比57.9%増)、セグメント利益は124億6,600万円(同38.8%増)。国内アミューズメント事業は新規出店17店舗とM&Aによる取得店舗69店舗の両輪で伸長し、海外事業もNENの通期寄与に加え、2025年7月のPlayer OneとBarberioの子会社化、VENUplusからのミニロケ事業譲受などにより大きく拡大した。

まとめ:買収額の大小より「割安に買えているか」

GENDAのM&A史を振り返ると、0円で成立したセガエンタテインメント買収から、260億円規模のPlayer One買収まで、金額のスケールは大きく異なる。しかし共通しているのは、対象企業の売上高・EBITDA・店舗網といった実態に対して、買収価格が見合っているかを厳密に見極める姿勢だ。GENDA自身も「割安に買えているかどうか」「売上高や営業利益に対して買収額が高すぎないか」を判断軸とし、EBITDA倍率(EV/EBITDAマルチプル)を重視していることを公式にも説明している。

2026年1月期だけで19件、創業から数十社規模のM&Aを積み重ねてきたGENDAにとって、次の焦点は「連続的な非連続な成長」をいかに利益成長に転換していくかだろう。会計上は一時的な減益局面が続いても、調整後EBITDAやキャッシュフローの拡大が続く限り、この連続M&A戦略の評価は今後も市場から注目され続けそうだ。


出所・参考記事

M&Aの「闇」を覗いてみませんか?経済記者が20年かけて追った衝撃のノンフィクション『社喰い』

「M&Aって、なんだか小難しくて、自分には関係ない世界の話…」

そう思っている方にこそ読んでほしい一冊に出会いました。今日は少し趣向を変えて、M&Aの世界のリアルを描いた話題の書籍です。
企業を「食い物」にする人たちの正体

タイトルは、ズバリ**『社喰い』**(片田江康男・著/ダイヤモンド社)。

「会社を喰う」と書いて「社喰い」。このインパクトのあるタイトルだけで、思わず手に取りたくなってしまいます。著者は経済記者として20年以上、M&Aの現場を追いかけてきた片田江康男氏。2026年7月15日の発売直後に重版が決定するなど、いま静かに話題を呼んでいる一冊です。

小説家・新庄耕氏(『地面師たち』著者)も推薦文を寄せており、その帯にはこんな言葉が並びます。「紳士面した者たちの食い合い」「どいつもこいつも曲者ばかり」——きれいごとだけでは語れないM&A業界の裏側を、覚悟を持って描いた一冊だということが伝わってきます。
以下に、アマゾンからご紹介します。


=<Amazonから>=================
社喰い、片田江 康男 (著) 

||◤        ◥||
  発売即重版決定!
||◣        ◢||

「紳士面した者たちの食い合い。
 どいつもこいつも曲者ばかり」
――小説家・新庄耕推薦!(『地面師たち』他)


人間は、
どこまで無責任で強欲になれるのか――。

企業乗っ取りから地面師まで、魑魅魍魎が跋扈するM&A業界のダークサイドを経済記者歴20年の著者が追いかける!
被害者も加害者も入り乱れ、嘘も事実も混然一体となる経済事件。人間の業を描いた本格派経済ルポルタージュ!

【概要】
第一章 難破船
「令和のイトマン事件」とも称される船井電機の破産だが、真相は全く異なる。これは、魑魅魍魎たちが巨大企業に群がり喰い尽くした、驚愕の記録だ。

第二章 反乱者
「ミュゼ転がし」とも言われ、素性不明の企業に転売され続けたミュゼ。突如起きたクーデターを主導していた者たちの正体とは――。

第三章 無責任
M&Aトラブルが社会問題化するきっかけをつくったルシアンホールディングス。首謀者は買収した企業を放置し、姿をくらました。

第四章 不条理
27社以上の企業買収と資金吸い上げを行ったマイスホールディングス。巻き起こした数々のトラブルは、M&A仲介業界へ飛び火している。

第五章 共犯者
規制を厳しくしても相次ぐトラブル。背景には、買い手企業、売り手企業、そして両者をつなぐM&A仲介会社の利害が一致するトライアングルがあった。
=<Amazonから>=================
出版社 ‏ : ‎ ダイヤモンド社
発売日 ‏ : ‎ 2026/7/15
言語 ‏ : ‎ 日本語
本の長さ ‏ : ‎ 272ページ
ISBN-10 ‏ : ‎ 4478123845
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4478123843
商品の重量 ‏ : ‎ 380 g
寸法 ‏ : ‎ 19.4 x 13.3 x 2 cm
=<Amazonから>=================
片田江康男(かたたえ・やすお)
記者。1979年東京都生まれ。2003年ダイヤモンド社に入社。2006年より『週刊ダイヤモンド』記者。これまで取材したテーマは東日本大震災後の東京電力問題や、大手生命保険会社における金銭詐取問題など。2021年からM&A業界を取材。本書が初の著書。
=<Amazonから>=================

まさに、ここの登場人物は、企業を「食い物」にする人たちの正体ですね。


なぜM&Aに関わる人ほど読むべきなのか

このブログでは、企業買収や事業承継のニュースを日々取り上げていますが、そのほとんどは「成功事例」や「戦略的な狙い」に焦点を当てたものです。もちろんそれも大切な視点ですが、光があれば影もある——それがM&Aという世界の実態でもあります。

これから会社の売却や買収を考えている経営者の方にとって、本書に描かれるような「うまい話」の裏にある落とし穴を知っておくことは、決して無駄にはなりません。むしろ、良い相手・良い仲介者を見極めるための「反面教師」として、これ以上ないケーススタディといえるでしょう。






このように、最近の話題を取材して解説しています。
ぜひ、一度、手に取ってみて下さい!

スシローはなぜ「京樽」を37億円で売却するのか?

~5年前に買収した寿司ブランドを、SRSホールディングスへ譲渡した理由を数字で分析~

2026年8月、外食業界で興味深いM&Aが発表されました。

「スシロー」を運営するFOOD & LIFE COMPANIES(以下、F&LC)が、傘下の京樽を「和食さと」などを展開するSRSホールディングスへ譲渡することを決定したのです。

譲渡予定日は2026年9月1日。

譲渡価格は、

37億4,500万円。

一見すると、それほど大きなM&Aには見えません。

しかし、この案件には非常に興味深い数字が隠されています。

なぜなら、F&LCは2021年に京樽を買収してから約5年間、京樽の再生に取り組んできたからです。

しかも現在の京樽事業は、赤字から黒字へと改善しています。

それにもかかわらず、F&LCは京樽を手放すことにしました。

これは「京樽の再生に失敗したから」なのでしょうか。

それとも、

「京樽を売ることで、スシローの企業価値をさらに高める」

という、より戦略的なM&Aなのでしょうか。

今回は、公開されている数字を使って、このM&Aを分析してみます。


1.今回のM&Aの概要

今回の取引は、F&LCが100%子会社である京樽の全株式をSRSホールディングスへ譲渡するものです。

SRSホールディングスは「和食さと」「にぎり長次郎」「家族亭」などを展開する外食企業です。

SRSは今回の買収について、京樽だけではなく、京樽が運営する「回転寿司みさき」なども含め、グルメ寿司事業の強化と首都圏での店舗網拡大を狙っています。

さらに、京樽が保有する製造工場を「和食さと」などSRSグループの和食事業にも活用する構想を示しています。

今回のM&A

項目内容
売り手FOOD & LIFE COMPANIES
買い手SRSホールディングス
対象会社京樽
譲渡価格37億4,500万円
譲渡予定日2026年9月1日
取得株式京樽の全株式
事業京樽、回転寿司みさき等
スキーム株式譲渡

SRSは2026年8月7日に株式譲渡契約を締結しています。


2.まず驚くのは「5年前に買った会社」だということ

F&LCが京樽を買収したのは2021年4月です。

当時の売り手は吉野家ホールディングス。

京樽は「京樽」「海鮮三崎港」「すし三崎丸」などを展開しており、2021年当時の国内店舗数は約290店舗でした。

2020年2月期の京樽の売上高は、

約285億円

経常利益は、

約1.7億円

でした。取得価格は非公表です。

F&LCにとっては、

「回転寿司のスシロー」

に加えて、

「テイクアウト寿司の京樽」

を取り込むことで、寿司市場における事業領域を広げる狙いがありました。


3.当時のスシローは絶好調だった

京樽を買収した2021年前後、スシローは非常に好調でした。

2020年9月期のスシローグループは、

売上高:約2,049億円

営業利益:約120億円

という規模でした。

一方、京樽は2020年2月期に売上高約285億円。

単純比較すると、京樽の売上規模は当時のスシローグループの約14%でした。

つまり、

「好調なスシローが、テイクアウト寿司の老舗・京樽を買収する」

という構図だったわけです。


4.ところが5年後、スシローはさらに巨大になった

ここが今回のM&Aを理解する上で最も重要です。

2025年9月期、F&LCの連結売上収益は、

4,295.7億円

まで拡大しました。

2024年9月期は3,611.3億円だったため、1年間で約684億円、率にして約19%増加しています。

営業利益も、

2024年9月期:233.8億円

2025年9月期:360.9億円

と、約127億円増加しました。

F&LCの業績推移

2024年9月期2025年9月期増減
売上収益3,611億円4,296億円+18.9%
営業利益234億円361億円+54.4%
当期利益154億円246億円+59.3%

さらに2026年9月期上期も、

売上収益2,542億円

営業利益281億円

と、前年同期比でそれぞれ24.7%、43.7%増加しています。

つまり、F&LCは今や「スシローを中心とした巨大グローバル寿司企業」へと変貌しています。


5.一方、京樽はどうなったのか?

ここが非常に面白いところです。

京樽事業の数字を見ると、実は「完全な失敗」ではありません。

2025年9月期の京樽事業は、

売上収益:約235.3億円

セグメント利益:約7.6億円

でした。

一方、2026年9月期上期では、

売上収益:111.9億円

営業利益:3.92億円

となっています。

前年同期と比較すると、

売上収益は

120.3億円 → 111.9億円

で、

▲7.0%

です。

しかし営業利益は、

4.07億円 → 3.92億円

と、比較的高い水準を維持しています。

つまり、

「京樽が大赤字だから売った」

という単純な話ではありません。

むしろ、一定の収益性を確保できるところまで再生した上で、売却したと見ることができます。


6.それでも37.45億円という価格はどう見るべきか?

ここからがM&Aとして非常に興味深いところです。

2026年9月1日の譲渡価格は、

37億4,500万円

です。

一方、2026年3月期上期の京樽事業の営業利益は3.92億円。

単純に年換算すると、

約7.84億円

です。

これを譲渡価格37.45億円で割ると、

約4.8倍

となります。

つまり、単純な年換算営業利益ベースでは、

譲渡価格 ÷ 年換算営業利益 ≒ 4.8倍

となります。

もちろん、これは正式なEV/EBITDA倍率ではありません。

京樽には有利子負債、運転資本、設備、税金、減価償却などがあり、今回の株式価値と企業価値は区別する必要があります。

したがって、「PER4.8倍」「EV/EBITDA4.8倍」と断定することはできません。

しかし、

「営業利益の何年分で譲渡されたのか」

という目安としては、非常に興味深い数字です。


7.ところが、さらに重要な数字がある

今回の案件には、もう一つ大きな数字があります。

それが、

64億8,000万円

です。

F&LCは京樽の譲渡に先立って、京樽に対して第三者割当増資を行います。

F&LCが新株1株を引き受け、

64億8,000万円を出資する予定

です。

この資金は、

  • 京樽の債務超過の解消
  • F&LCからの借入金の返済
  • 財務基盤の安定化

に充てられます。

つまり今回のM&Aは、

「37億円で会社を売って終わり」

ではありません。

その前に、

64.8億円を使って京樽の財務体質を整理する

というプロセスが入っています。


8.「37億円で売った」の裏側を数字で見る

今回の取引を単純化すると、

① F&LCが京樽に64.8億円を追加出資

② その資金で債務超過を解消

③ F&LCからの借入金を返済

④ 京樽の株式をSRSへ譲渡

⑤ 株式譲渡価格は37.45億円

という流れです。

ここで注意したいのは、

64.8億円+37.45億円=102.25億円の「売却損」

という意味ではないことです。

64.8億円は京樽の財務整理と借入金返済を目的とした資金であり、単純な買収対価とは性質が異なります。

しかし、この数字を見ると、

F&LCが京樽を売却するために、かなり大きな財務整理を行った

ことは分かります。


9.では、なぜそこまでして売るのか?

最大の理由は、

「選択と集中」

だと考えられます。

F&LCの2026年9月期上期を見ると、

国内スシロー事業の売上収益は、

1,445億円

営業利益は、

166億円

です。

海外スシロー事業は、

売上940.7億円

営業利益

127.6億円

です。

これに対して京樽事業は、

売上

111.9億円

営業利益

3.92億円

です。

数字を並べると、かなり明確です。

2026年9月期上期国内スシロー海外スシロー京樽
売上収益1,445億円941億円112億円
営業利益166億円128億円3.9億円
営業利益率11.5%13.6%3.5%

京樽事業の営業利益率は約3.5%。

国内スシローは約11.5%。

海外スシローは約13.6%です。

つまり、

同じ「寿司」でも、収益性には大きな差があります。

F&LCから見ると、

「京樽に経営資源を投入するより、スシローの国内外出店に資本を振り向けた方が、より高いリターンを得られるのではないか」

という判断があっても不思議ではありません。


10.「売上」ではなく「利益」で見ると、もっと差が大きい

京樽事業は2026年9月期上期に約112億円の売上を上げています。

しかし営業利益は約3.9億円。

つまり、

売上100円あたり約3.5円

しか利益が残りません。

一方、国内スシローは、

売上約1,445億円に対して営業利益約166億円。

売上100円あたり約11.5円

です。

つまり、同じ100円の売上を増やすとしても、

京樽よりスシローの方が利益を生み出す力が大きい。

これが「経営資源の集中」を考える上で重要な数字になります。


11.店舗数でも考えてみる

2025年9月末時点で、F&LCグループには、

  • 国内スシロー:667店舗
  • 京樽:82店舗
  • 回転寿司みさき・三崎丸:87店舗
  • 海外スシロー:227店舗

など、合計1,198店舗がありました。

その後、京樽事業の店舗数は2026年3月末時点で189店舗まで整理されています。

ここには「京樽」だけでなく「回転寿司みさき」など京樽事業に含まれる店舗もあります。

つまり、F&LCが今回売却するのは、

単なる「京樽ブランド」だけではなく、首都圏の寿司・中食事業をまとめた事業基盤

と見るべきです。

これをSRSが買うことで、SRSにとっては一気に首都圏の寿司ネットワークを強化できます。


12.買い手SRSから見ると、37億円はどう見える?

今回のM&Aは、買い手側から見ると全く違った景色になります。

SRSホールディングスは2026年3月期に、

売上高764.2億円

営業利益30.5億円

を計上しています。

前期比では売上高13.3%増、営業利益13.9%増です。

さらにSRSは2030年3月期に、

売上高1,150億円以上

経常利益60億円以上

店舗数1,100店舗以上

を目標としています。

現在のSRSグループは780店舗。

これを1,100店舗以上にするには、

320店舗以上の上積み

が必要です。

そこで今回、京樽・回転寿司みさきなどを一括取得する。

これはSRSの成長戦略と非常に相性が良いのです。


13.SRSにとって「京樽」は安く買える?

ここもポイントです。

SRSの2026年3月期営業利益は30.5億円。

今回の京樽の譲渡価格は37.45億円。

つまり、

SRSの年間営業利益の約1.23倍

に相当する価格です。

もちろん会社規模も事業内容も違うため、この数字だけで「安い」と判断することはできません。

しかし、SRSにとっては、

自社の年間営業利益を少し上回る程度の金額で、首都圏の寿司・中食プラットフォームを取得する

という見方ができます。

さらにSRSには、

  • 共同購買
  • 商品開発
  • 寿司職人育成
  • 店舗開発
  • 製造工場の活用

などのシナジーがあります。

SRSにとっては単純な「売上の買収」ではなく、

「自社の寿司事業を一気に拡大するためのプラットフォーム買収」

と考えられます。


14.今回のM&Aで一番面白いのは「売り手と買い手で価値が違う」こと

今回の案件は、M&Aの本質を非常に分かりやすく示しています。

F&LCにとって京樽は、

「売上112億円、営業利益4億円弱の事業」

です。

一方、SRSにとっては、

「首都圏の寿司店舗網+京樽ブランド+製造工場+テイクアウト事業」

です。

同じ会社でも、買い手が変われば価値が変わります。

これがM&Aの面白さです。


15.5年前と現在を比較すると、さらに面白い

2021年、F&LCは京樽を買収しました。

当時の京樽は約290店舗、2020年2月期売上高約285億円でした。

そして2026年。

F&LCのグループ全体は、

売上4,296億円

営業利益361億円

という巨大企業になっています。

つまり、F&LC自身が大きく成長した結果、

「5年前には戦略的だった京樽買収の意味が、現在では変わった」

可能性があります。

これはM&Aの重要な教訓です。


16.M&Aは「買ったら永遠に持つ」必要はない

企業買収には、

「買収した会社を成長させ続けなければならない」

というイメージがあります。

しかし、実際にはそうではありません。

経営環境が変われば、

「売却した方が企業価値を高められる」

という判断もあります。

今回のF&LCの場合、

「スシロー」という非常に高収益なブランドに経営資源を集中する。

一方で京樽については、首都圏の寿司・中食事業を強化したいSRSに託す。

これは、

「京樽を手放す」

というより、

「京樽にとって、より相性の良いオーナーへバトンタッチする」

と見ることもできます。


17.今回のM&Aを数字でまとめると

今回の案件を数字だけで整理すると、非常に興味深い構図が見えてきます。

F&LC

売上収益:4,296億円

営業利益:361億円

京樽

2026年9月期上期売上:112億円

上期営業利益:3.9億円

譲渡価格

37.45億円

譲渡前の財務整理

64.8億円を追加出資

SRS

売上高:764億円

営業利益:30.5億円

2030年目標:売上1,150億円以上

2030年目標:1,100店舗以上

この数字を並べると、

「スシローにとっては選択と集中」

「SRSにとっては成長投資」

という、売り手と買い手双方の狙いが見えてきます。


まとめ――「京樽を売った」のではなく、「京樽の次の成長先を選んだ」

今回のM&Aは、単純な「スシローが京樽を売却した」というニュースではありません。

2021年、

スシロー → 京樽を買収

2026年、

スシロー → 京樽をSRSへ譲渡

という、5年間のM&Aサイクルが完結しました。

しかも、その間にF&LCは、

売上約4,296億円、営業利益約361億円

という巨大企業へ成長しています。

一方、京樽は赤字事業から一定の黒字を確保できる事業へと改善されました。

そして今回、京樽は「和食さと」を展開するSRSの傘下へ移ります。

SRSには、

「グルメ寿司No.1」

という明確な戦略があります。

京樽、回転寿司みさき、製造工場をその戦略の中に組み込むことで、さらに企業価値を高めようとしています。

M&Aとは、

「会社を買うこと」ではありません。

本当のM&Aとは、

「その会社を、誰が持つと最も価値が高まるのか」

を考えることなのかもしれません。

今回の京樽売却は、そのことを非常に分かりやすく示したM&A事例と言えるでしょう。

ヒトトヒトHD、警備大手SPD&Companyを子会社化 ―北関東エリア開拓と人材稼働率向上を狙う

M&Aの概要

スポーツイベント警備や施設運営管理を手がけるヒトトヒトホールディングス株式会社(東証スタンダード、証券コード:549A)は2026年7月16日、警備業を営むSPD株式会社の持株会社であるSPD&Company株式会社(本社:東京都渋谷区)の全株式750株を取得し、子会社化すると発表した。

株式取得額は30億3,000万円、アドバイザリー費用等を含めた取得価額は総額31億6,000万円。株式譲渡契約の締結日は2026年7月16日、譲渡実行日は同年7月31日を予定していた。

その後、予定通り7月31日にSPD&Companyの株式取得による子会社化を完了。同時に、取得資金として総額30億円の借入を実行したことも発表されている。新株発行など株式の希薄化を避け、借入による資金調達で警備事業の拡大を図った形だ。SPD&Companyの100%子会社であるSPDも連結子会社となり、2027年3月期第2四半期から連結決算に反映される見通しとなっている。

買収対象:SPD&Company/SPDとはどんな会社か

  • 持株会社:SPD&Company株式会社(本社:東京都渋谷区)
  • 事業子会社:SPD株式会社(警備業を主体とする人材サービス会社、SPD&Companyの100%子会社)
  • 主な事業エリア:埼玉県を中心とする北関東エリア(埼玉・群馬・栃木に営業拠点)
  • 事業内容:オフィスビル、商業施設、スポーツ関連施設などの常駐警備の受託

SPDは直近3年間、受託物件数と売上高がともに増加基調にあり、顧客との契約継続率は9割を超える。3,000人超の人材プールを保有し、常駐警備を主体とすることで売上の季節変動が少ない安定した収益基盤を持つことが特徴だ。

業績(子会社化前)

項目SPD&Company(2026年2月期)SPD(2026年3月期)
売上高2億8,700万円83億2,300万円
営業利益▲500万円(営業損失)1億5,700万円
純資産2億3,700万円7億8,900万円

持株会社であるSPD&Company単体は営業損失を計上しているが、事業実態を持つ子会社のSPDは売上高83億円超、営業利益1億5,700万円超と、安定した収益を上げていることが分かる。

買収側:ヒトトヒトホールディングスとはどんな会社か

ヒトトヒトホールディングスは、東京都渋谷区に本社を置く警備・ビル運営管理会社で、2026年3月に東京証券取引所に新規上場したばかりの企業である。イベントマネジメント事業、ビルマネジメント事業、人財サポート事業の3領域を主力としており、オフィスビルや商業施設、スポーツ施設などの警備・運営管理のほか、チケット販売、誘導案内、清掃、交通誘導、ホールスタッフの派遣など幅広い業務を手がける。

同社は野球殿堂入りしたプロ野球選手・松井秀喜氏を「ヒトのチカラ アンバサダー」として起用していることでも知られる。松井氏と、ヒトトヒトホールディングス代表取締役グループCEOを務める松本哲裕氏は、星稜高校時代のチームメートという間柄だ。

買収の狙い:人材プールの融合と北関東エリアの開拓

今回の子会社化の主目的は、既存事業の補完にある。ヒトトヒトHDはこれまでプロ野球など大型スポーツイベントの警備・運営を強みとしてきたが、こうした業務は季節変動や繁閑差が大きいという課題を抱えていた。一方のSPDは、オフィスビルなどの常駐警備を主力とし、季節変動の少ない安定収益を強みとしている。両社の事業特性は互いに補完関係にあり、統合によるシナジーが期待される。

狙いは大きく3点に整理できる。

1. 人材プールの融合による稼働率向上

ヒトトヒトHDが保有する1万2,000人超の人材プールと、SPDが保有する3,000人超の人材プールを融合。顧客の繁閑に応じて人材を相互に供給し合うことで、グループ全体の人材稼働率向上と収益拡大を図る。人手不足が続く警備・人材業界において、アルバイト人材などの定着率向上は収益拡大に欠かせない要素であり、今回の統合はこの課題への対応策としても位置づけられる。

2. 北関東エリアへの事業拡大

SPDはヒトトヒトHDが従来手薄だった埼玉県・群馬県・栃木県に営業拠点と顧客網を持つ。ヒトトヒトHD側がイベント管理や人材派遣のノウハウを提供することで、北関東エリアでの新規顧客獲得を目指す。これにより、関東全域での事業基盤強化にもつながる見通しだ。

3. サービス領域の拡大

イベント警備を中心としてきたヒトトヒトHDに対し、SPDが手がけるオフィスビル・商業施設向けの常駐警備を組み合わせることで、グループとして提供できるサービス領域そのものを拡大する狙いもある。

まとめ

今回のM&Aは、2026年3月に上場したばかりのヒトトヒトホールディングスが、借入による資金調達という株式希薄化を避けた手法で、警備業界における事業領域とエリアの両面を一気に拡大した事例といえる。イベント警備という季節変動の大きい事業に、常駐警備という安定収益源を組み合わせることで、グループ全体の収益基盤の平準化・強化を図る狙いが明確に読み取れる。2027年3月期第2四半期以降、SPDの連結効果がヒトトヒトHDの業績にどう反映されるか、続報にも注目したい。


出所・参考記事