短期間で約20社を買収してきた”ストロングバイヤー”マイスホールディングス(大阪府、以下マイスHD)が、大手M&A仲介グループの持株会社を相手取り、東京地裁に損害賠償訴訟を提起した。買収先企業の資金を買収の原資に充てるLBO(レバレッジド・バイアウト)スキームが「事実上の倒産」を招いたとする本件は、M&A業界内で「業界のイメージに関わる訴訟」と受け止められている。本稿では、東京商工リサーチ(TSR)の取材記事を主たる出典としつつ、判明している事実関係と数値を整理する。
事件概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 原告 | マイスホールディング株式会社(TSRコード697622010、大阪府、2023年3月創業) |
| 被告 | 株式会社クオンツ総研ホールディングス(TSRコード033812225、東京都千代田区、株式会社M&A総合研究所の親会社) |
| 提訴日 | 2025年11月 |
| 提訴先 | 東京地方裁判所 |
| 請求額 | 約1億2,000万円(損害賠償) |
| 争点 | 買収先の資金を買収原資とするLBOスキームを、マイスHD側とM&A総研側のどちらが主導・提案したか |
| 対象となった買収先 | 彩貴工業株式会社(TSRコード300309139、東京都板橋区、水道工事業) |
| 状況(2026年2月時点) | 係争中。M&A総研側は「全面的に争っていく」と反論 |
出典:<cite index=”117-1″>M&A仲介大手が提案したスキームで損害を受けたとしてマイスホールディング(株)(TSRコード697622010、大阪府、以下、マイスHD)が2025年11月、損害賠償約1億2,000万円の支払いを求め、東京地裁に提訴したことが東京商工リサーチ(TSR)の取材でわかった</cite>(東京商工リサーチ「TSRデータインサイト」、2026年2月23日付、https://www.tsr-net.co.jp/data/detail/1202513_1527.html)。<cite index=”117-1″>マイスHDが提訴したのは(株)クオンツ総研ホールディングス(TSRコード:033812225、千代田区)で、(株)M&A総合研究所(TSRコード: 697709230、千代田区、以下、M&A総研)を傘下に持っている</cite>(同)。
スキームの詳細(時系列・金額つき)
TSRの取材に応じたマイスHD元代表取締役・森秀幸氏の証言をもとに、TSRが再構成した経緯は以下の通り。数値・日付はすべてTSR記事に基づく。
| 時期 | 出来事 | 金額 |
|---|---|---|
| 2023年12月頃 | マイスHD、M&A総研HDと彩貴工業(水道工事業)の買収に関するアドバイザリー業務契約を締結 | ― |
| (契約締結後) | 彩貴の株主に支払う株式譲渡代金が11億円に決定。マイスHDには全額を支払う能力がなく、M&A総研が「彩貴からマイスHDへの融資金で賄う」スキームを提案 | 11億円 |
| 2024年1月 | マイスHD、M&A総研が用意した契約書を用いて彩貴の株式譲渡契約を締結。同日、彩貴からマイスHDへ融資 | 4億円 |
| 2024年6月 | 彩貴からマイスHDへ追加融資、彩貴の株主に譲渡代金として支払われる | 7億円 |
| (合計) | 彩貴からマイスHDへの融資合計(譲渡代金11億円の原資) | 11億円 |
| (報酬支払い) | マイスHD、M&A総研に対しアドバイザリー報酬を支払い(株式譲渡契約締結日など) | 約1億2,000万円 |
| (その後) | 彩貴は当座貸越期限までに金融機関へ返済できず、水道工事代金を差し押さえられる | 約1億6,000万円 |
| (結果) | 彩貴、資金繰りが回らなくなり事実上の倒産 | ― |
出典:<cite index=”117-1″>2023年12月頃、M&A総研HDと都内で水道工事業の彩貴の買収に関するアドバイザリー業務契約を締結した。彩貴の買収では、彩貴の株主に支払う株式譲渡代金は11億円とされたが、マイスHDは11億円全額を支払う能力がなかった。そのため、M&A総研は、譲渡代金11億円を彩貴からマイスHDに対する融資金で賄うことを提案し、マイスは彩貴からの融資金で彩貴の株主に譲渡代金を支払った。2024年1月、マイスHDはM&A総研が用意した契約書を用いて、彩貴に関する株式譲渡契約を締結。同日、彩貴からマイスHDへ4億円、同年6月にも7億円の融資が行われ、マイスHDから彩貴の株主に支払われた。しかし、当時の彩貴は11億円に及ぶキャッシュがなく、彩貴が契約している金融機関の当座貸越が利用された。なお、マイスHDはM&A総研に対し、報酬として株式譲渡契約の締結日などに計約1億2,000万円を支払っている</cite>(東京商工リサーチ、2026年2月23日)。
倒産に至った経緯 <cite index=”117-1″>M&A総研の提案したスキームに沿って彩貴の株式譲渡を実施したが、彩貴は当座貸越期限までに金融機関に返済できず、水道工事代金の約1億6,000万円を差押えられた。結果的に、彩貴は資金繰りが回らなくなり事実上の倒産を余儀なくされた</cite>(同)。
マイスHD側の主張
TSRの取材に対し、マイスHD元代表・森秀幸氏は次のように主張している。
契約の性質を巡る問題提起 <cite index=”117-1″>当座貸越契約は、企業が資金繰り上の緊急事態に対応するためのつなぎ資金として利用されるものであり、それを逸脱する目的外利用は金融機関との信頼関係を失墜させるだけにとどまらず、契約上の義務違反に該当する。金融機関から当座貸越契約の解除がなされ、融資金の一括返済を求められることになる</cite>と森氏は指摘している(同)。
報酬の原資に関する指摘 <cite index=”117-1″>M&A総研に対する1億円超の報酬についても、彩貴からの融資金によって支払われていることを鑑みれば、提案スキーム自体に違法性を帯びていることを知りつつ故意に提案したと言わざるを得ない</cite>と森氏は主張している(同)。
契約書の記載内容を巡る指摘 <cite index=”117-1″>M&A総研が用意した彩貴に関する株式譲渡契約書の「対象会社に係る表明保証事項」には、通常ではみられない「ただし、当座貸越による借入れは除く」という記載がある。彩貴の当座貸越だけ除外する条項が敢えて記載されていることも違法性を認識していたことを示している</cite>と森氏はTSRに語っている(同)。
提訴に至った経緯 <cite index=”117-1″>M&A総研に報酬の返金を求めたが、期日までに返金がなされず、提訴することとなった。M&A総研に支払った金額が裁判を通して返金されたなら、彩貴工業の運転資金に充てる</cite>と森氏は述べている(同)。
M&A総研側の反論
一方、M&A総研側はTSRの取材に対し、真っ向から反論している。<cite index=”117-1″>当該案件に係るスキームを主導、提案したのはマイスHDであった。それにも関わらず、当社がスキームを主導、提案したことになっているなど、マイスHDの主張は多くの点で客観的事実に反し、その請求には理由がないと考えている。全面的に争っていく</cite>とコメントしている(同)。TSRは<cite index=”117-1″>お互いの言い分は大きく異なっている</cite>と両者の主張の隔たりを指摘している(同)。
当事者の背景情報
マイスホールディングス <cite index=”117-1″>原告のマイスHDは、2023年3月の創業で、M&Aを積極的に展開。買収先のコンサルティングなども手掛けていた。これまで約20社以上を買収したが、ほとんどが仲介業者からの紹介だった</cite>(同)。ダイヤモンド・オンラインの報道によれば、<cite index=”86-1″>設立から約2年で20社近い中小企業を次々と買収した</cite>「ストロングバイヤー」として業界内で知られる存在だった(ダイヤモンド・オンライン、2026年7月23日、https://diamond.jp/articles/-/395298)。
株式会社M&A総合研究所/クオンツ総研ホールディングス 被告のクオンツ総研ホールディングス(東証プライム:9552)は、2026年1月に「M&A総研ホールディングス」から社名変更した持株会社で、傘下にM&A仲介大手の株式会社M&A総合研究所を持つ。同社の2025年9月期(2024年10月〜2025年9月)連結決算は、<cite index=”120-1″>売上高が前期比0.3%増の166億200万円、営業利益は同41%減の49億6,400万円、経常利益は同40.9%減の49億7,000万円、純利益は前期比50%減の28億9,400万円</cite>だった(日本経済新聞、2025年10月30日、https://www.nikkei.com/article/DGXZRST0583112Q5A031C2000000/)。2026年9月期については<cite index=”121-1″>売上収益222億9,200万円(前期比34.3%増)、営業利益57億7,800万円(同20.9%増)、親会社所有者帰属当期利益34億500万円(同23.9%増)</cite>の増収増益を見込んでいる(Yahoo!ファイナンス、2026年5月15日時点、https://finance.yahoo.co.jp/quote/9552.T/financials)。マイスHDが求める1億2,000万円の請求額は、同社の連結営業利益(約50億〜60億円規模)と比較すると相対的に小さい規模であることが分かる。
別件トラブル(本訴訟とは別案件) マイスHDを巡っては、本件とは別に複数のトラブルが報じられている。<cite index=”117-1″>今回の訴訟とは別に、マイスHDは2024年8月にもM&A総研から紹介を受けた企業と株式譲渡契約の直前、M&A総研がアドバイザリー契約を解約した案件がある。M&A総研を介さずマイスHDと買収先が株式譲渡契約を進めたが、買収先からマイスHDなどに資金が送金されたことで訴訟に発展。その後、原告側が訴訟を取下げている</cite>(同)。また、神奈川県の元子会社によるマイスHDへの金銭請求訴訟も別途提起されていたが、<cite index=”80-1″>2025年12月25日付で原告より訴えの取り下げ申立てが行われ、これが裁判所に正式に受理されたことにより、本訴訟が終了した</cite>と、マイスHD自身が2026年1月16日付リリースで公表している(NEWSCAST、マイスホールディングス公式発表、https://newscast.jp/smart/news/4023859)。これらの別件は彩貴工業を巡る本訴訟とは当事者・争点が異なる案件である点に注意されたい。
業界的な位置づけと制度動向
TSRは本件を、業界全体の課題を象徴する事案として位置づけている。<cite index=”117-1″>TSRが2025年10月に実施したM&Aに関するアンケート調査で、中小企業の5.2%が自社売却を検討していると回答した。また、過去にM&A仲介業者から何らかの形でアプローチを受けた企業は82.6%(6,347社中、5,246社)に及ぶ</cite>(同)。その上でTSRは<cite index=”117-1″>M&A仲介には、売り手と買い手の双方から手数料を受け取る利益相反問題、不透明な手数料、買収後の経営者保証の解除、資金流出への対応など、明示すべき課題も山積している。急激に拡大するマーケットに多くのM&A仲介業者が参入し、一部の「悪意ある買い手」が社会問題になっている</cite>と指摘し、<cite index=”117-1″>M&Aの手法の1つであるLBOに絡む今回の訴訟は、M&Aのあり方を示すものとして動向が注目される</cite>と結んでいる(同)。
こうした業界の課題を受け、<cite index=”87-1″>中小企業庁は2026年3月現在、M&A専門業者(仲介・FA)約1,200者を中心に約3,400者を登録する「M&A支援機関登録制度」を運用しているほか、令和8年度(2026年度)中の「中小M&A資格試験」創設に向けた準備を進めている</cite>(中小企業庁「中小M&A市場の改革に向けた方向性について」2026年3月17日付資料、https://www.chusho.meti.go.jp/koukai/kenkyukai/ma_shijou/004/002.pdf)。
まとめ:本訴訟の意義と今後の焦点
本件の核心は「LBOスキームの提案者は誰か」という一点に絞られている。彩貴工業の株主への譲渡代金11億円のうち、大部分(4億円+7億円=11億円)が買収対象企業自身からの融資で賄われ、さらにM&A総研への報酬約1億2,000万円もその融資金から支出されたという構図は、買収先企業に極めて重い資金負担を強いるスキームだったことを示している。結果として彩貴工業は当座貸越の期限内返済ができず、約1億6,000万円の工事代金差し押さえを経て事実上の倒産に至った。
マイスHD側はこのスキームの発案者をM&A総研側とし、契約書の特殊な表明保証条項(当座貸越の除外規定)を違法性認識の証拠として主張している。一方のM&A総研側はスキームの主導者はマイスHD側であったとし、全面的に争う姿勢を崩していない。双方の主張が真っ向から対立しているため、いずれの言い分が採用されるかは今後の東京地裁での審理を待つ必要がある。
参考文献・出典一覧
- 東京商工リサーチ「マイスHDがM&A総研側を提訴~M&A総研側は『全面的に争っていく』と反論~」(TSRデータインサイト、2026年2月23日)https://www.tsr-net.co.jp/data/detail/1202513_1527.html
- ダイヤモンド・オンライン「『明日が来ないでくれ』…設立2年で約20社を買収したマイスホールディングスに、会社を売った社長の悪夢」(2026年7月23日、書籍『社喰い』抜粋)https://diamond.jp/articles/-/395298
- ダイヤモンド・オンライン「M&Aトラブルで訴えられたマイスHD社長が驚愕証言!福祉事業をやっていた当社を都合よく利用した『大手M&A仲介3社』の所業」(M&A仲介ダークサイド#14、2025年7月11日)https://diamond.jp/articles/-/366996
- NEWSCAST(マイスホールディングス公式リリース)「訴訟手続きの終了および今後の経営体制に関するお知らせ」(2026年1月16日)https://newscast.jp/smart/news/4023859
- 日本経済新聞「M&A総研の2026年9月期、純利益22.1%増 予想平均下回る」(2025年10月30日、2025年9月期決算実績を含む)https://www.nikkei.com/article/DGXZRST0583112Q5A031C2000000/
- Yahoo!ファイナンス「(株)クオンツ総研ホールディングス【9552】:決算情報」(2026年5月15日時点データ)https://finance.yahoo.co.jp/quote/9552.T/financials
- 中小企業庁「中小M&A市場の改革に向けた方向性について」(2026年3月17日、資料2)https://www.chusho.meti.go.jp/koukai/kenkyukai/ma_shijou/004/002.pdf
記事の性質に関する留意事項
本記事の中心的な事実関係(金額・日付・スキームの詳細)は、東京商工リサーチ(TSR)が2026年2月23日付で報じた記事1本に依拠している。同記事はマイスHD元代表・森秀幸氏へのTSR独自取材とM&A総研側のコメントを併記した第三者報道であり、TDnet等の一次開示資料や訴状そのものではない。訴訟は係争中であり、マイスHD側・M&A総研側双方の主張は対立している。したがって、記事中に引用した「違法性を帯びている」「客観的事実に反し」といった表現はいずれも各当事者の見解であり、裁判所による事実認定を経たものではない点にご留意いただきたい。彩貴工業の詳細な財務数値(売上高・営業利益等の決算情報)については、TSR記事に記載がなく、本記事執筆時点では確認できていない。